雨の闖入者 The Best BondS-2

少女は願っていた。


自分の生を。


そして、共にいる彼らの生を。


その願いはある種の呪縛を齎した。

屈服ではない。

屈服よりも穏やかで、だが、屈服よりも強力に。

叶えたいと思ってしまった。

少女の切実なその願いを。

自分が望んでいた願いをも凌駕して、少女の願いに沿いたいと思ってしまった。

最強の切り札とは、常に最大のリスクも背負わすものだと知りながら、心の何処かで其のことを軽視していた。

捕われていたかもしれないと思ったことが何よりの警鐘であったのに。

其れを無視して不用意に近付いた結果がこれだ。

捕われるよりもはるかに屈辱的で、幸福な「何か」で結ばれてしまった。


「………此れも定めか……心底恐ろしい方ですよ」


支配を許したのはたった一度。

少女はその一度を覆すには至らなかった。

この心は未だ、たった一人に忠誠を近っている。

だが、唯一にして絶対の支配者からの命令にさえ背かせる存在があるとするなら、それは。

彼女以外に他ならない。


「今回は、貴女の願い、叶えて差し上げましょう」


主人の命ではなかったことだから。

きっと、彼らもこの空を見上げている。

架かる虹を眺めているだろう。

脳裏に残り続ける鮮烈な光を空へと重ね、男は視界を邪魔していたフードを取り払った。

絹のような黒髪が零れる。

宵闇の空のような、黒と群青を重ねた色。


「……茨の道を選ぶ陽の姫君……いつかまた何処かでお目にかかりましょう……」


一陣の風が吹く。

風が止んだ時、男の姿はもはや其処にはなかった。



羽音と小さな黒い影だけが森に落ちていった。







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