目の前の獣の放つ音とは違う、だが、迫力と威厳を持った獣の声。
決して大きくはないその声は、屋敷中、否、この港中に広がり、浸透していく。
新たな敵だと、彼らは身構えた。
新たな敵だと、誰もが疑わなかった。
階段の上に、その姿はあった。
其処に存在する全ての生命は、その闖入者に意識を奪われた。
その、場所に存在していたのは。
気高く気品溢れる、真っ白い狼。
破られた扉から入り込む風に全身の毛をゆらゆらと揺らして佇む狼。
その狼が地を蹴り、弧を描いて跳躍する姿を、彼らはただただ目で追った。
獣の背に飛び乗った狼は、美しいその姿からは想像できぬ牙を獣の首へとつきたてた。
獣の身を護る黒曜石のような鉱物を噛み砕く。
狼の口元から紅が一筋垂れる。
エナが目を見開いた。
全ての答えを有した者の驚愕。
「ラフ?!」
光の加減で銀の輝きを放つ毛並み。
逞しく大きなその体。
芸術さえ感じさせる立派な牙。
そのどれもが、彼らの知るラファエルとはかけ離れていたけれど。
エナの一言で、残る二人もその答えを確信する。
ぼたりぼたりと獣の黒い液体が絨毯を汚していく。
光が灯るこの場所を闇で侵蝕していくかのように。
悪臭が全ての命の気配を消し去ろうとその臭いを濃くする。
ラフが、高らかに声を上げた。
其処に、一閃の光が走る。
其れは、息を吐く間も与えぬ程の、一瞬の出来事。
雌雄を決する時は、その一瞬で事足りた。

