雨の闖入者 The Best BondS-2

「ゼルっ!」

「おうよっ!」


エナが呼ぶ。

獣の反対側から、それに応える力強い声。

そして金属音が波紋のように俄かに響く。

獣がそろりとエナの方に向き直った。

噛み締められた獣の歯ですら切れない鎖。

エナと獣を繋いだ其れは、動きを制限させるには効果的だったが、同時に諸刃の刃にもなる。

槍を捨てる以外、獣から逃げる術が無い。

獣は口内の肉さえも強靭さを兼ね備えており、普通ならば引っ張れば抜ける刃もガッチリと咥え込み離さない。

獣にとっても辛かろうが、エナにとっても其れは嬉しくない誤算だ。

必死に刃を抜こうと槍を動かすが、肉の感触が生々しく伝わってくるだけで何の変化も認められない。


「あーもう!」


癇癪玉を爆発させたエナは腰を低く落として立ち、空洞になってしまった獣の目を見つめた。

鎖を伝う黒い液体の臭いは、もはや気にならなかった。

慣れようのない臭いだが、戦いの中に身を置くことで分泌されるアドレナリンがその刺激臭や肩の痛みを和らげているのだ。

あるのは、自分の命を脅かす者を退けようとする意志のみ。

この手を血で染めようとしていることにも不思議と躊躇いは無かった。

躊躇えば死ぬだけだ。

何かを護らねばならない時、避けられぬ戦いがこの世にあることを知っている。

逃げ帰ってくれるのなら。

もしくは逃げ出すことが可能なら、避けられる戦いだってある。

だが、目の前の獣を倒さねば、夢の檻の中に閉じ込められたままになってしまう。


それは、許せない。

この心の。

この命の。

自由だけは、誰にも侵す権利なんかない。

それを護る為ならば、傷つくことも……――自らの古傷を抉ることさえ厭わない。


獣が本能のままに口を開ける。

視界を奪われた獣は、それでも確実にエナの心臓を狙っていた。