かわせない、と本能が警鐘を鳴らした。
大きな牙の奥に見える空洞が迫ってくる。
それは、思った以上に早く、それ故にゆっくりとこの目に焼き付けられる。
まるでコマ送りの映像のように動いているのに、自身の体もコマ送りでしか動いてくれない。
こういうとき、人は走馬灯を見ると聞くが。
この時、エナの脳裏にはまだ見ぬ未来のことばかりで埋め尽くされた。
屋敷まで、あと少しだというのに。
そこまで辿り着ければ勝算が見えるというのに。
否、それよりも、何よりも。
――まだ、死ぬわけにはいかないのにっ!――
見開かれた瞳の隅を鮮やかな色が横切った。
がきん、という鈍い音でコマ送りだと思っていた風景が時間を取り戻す。
牙どうしが噛み合わさった音。
「ジスト!」
ゼルが安堵した声をあげた。
何が起こったのか、エナは一瞬理解に苦しんだ。
目の前には、形の良い顎が見える。
その先にある紅の瞳がちらりと見下ろし、唇が笑みを刻んだ。
「もうちょっと太った方が、抱き甲斐あるんだけどなー」
その言葉で、自分が抱き上げられていたことを知った。
自分の最速よりも、女一人抱えたジストの方が速いことに釈然としないものを感じた。
男と女の徹底的な身体能力の差が、こんなにも惨めに思うとは。
獲物を食べ損なった獣がグルルと喉を鳴らした。
光る目は、真っ直ぐにエナの双眸を捕えている。
「――っ! 投げてっ! ジスト!」
舌を噛まないようにするのがやっとだった。
「塀の中! あたし、投げて!」
もう目の左横には、三メートルはありそうな屋敷の塀が続いている。
自分さえいなければゼルとジストは屋敷まで逃げ切ることが出来る。
大きな牙の奥に見える空洞が迫ってくる。
それは、思った以上に早く、それ故にゆっくりとこの目に焼き付けられる。
まるでコマ送りの映像のように動いているのに、自身の体もコマ送りでしか動いてくれない。
こういうとき、人は走馬灯を見ると聞くが。
この時、エナの脳裏にはまだ見ぬ未来のことばかりで埋め尽くされた。
屋敷まで、あと少しだというのに。
そこまで辿り着ければ勝算が見えるというのに。
否、それよりも、何よりも。
――まだ、死ぬわけにはいかないのにっ!――
見開かれた瞳の隅を鮮やかな色が横切った。
がきん、という鈍い音でコマ送りだと思っていた風景が時間を取り戻す。
牙どうしが噛み合わさった音。
「ジスト!」
ゼルが安堵した声をあげた。
何が起こったのか、エナは一瞬理解に苦しんだ。
目の前には、形の良い顎が見える。
その先にある紅の瞳がちらりと見下ろし、唇が笑みを刻んだ。
「もうちょっと太った方が、抱き甲斐あるんだけどなー」
その言葉で、自分が抱き上げられていたことを知った。
自分の最速よりも、女一人抱えたジストの方が速いことに釈然としないものを感じた。
男と女の徹底的な身体能力の差が、こんなにも惨めに思うとは。
獲物を食べ損なった獣がグルルと喉を鳴らした。
光る目は、真っ直ぐにエナの双眸を捕えている。
「――っ! 投げてっ! ジスト!」
舌を噛まないようにするのがやっとだった。
「塀の中! あたし、投げて!」
もう目の左横には、三メートルはありそうな屋敷の塀が続いている。
自分さえいなければゼルとジストは屋敷まで逃げ切ることが出来る。

