雨の闖入者 The Best BondS-2

さあ思い出せと誰かが言う。

思い出すなと誰かが言う。


心の奥底で二つの声が鬩(セメ)ぎ合う。


さあ呼べと誰かが言う。

呼んではならぬと誰かが言う。


必死に、誰かが自分を呼んでいる。


応えろと叫んでいる。


その名を呼べば、誰かがきっと救ってくれる。

だが、その名がわからない。

思い出せない。


近くに居たはずの誰か。

手の届く距離に居たはずの誰か。

思い浮かぶのは、太陽よりもまだ燦然と輝く大輪の花。

向日葵。

そして、雄大で温かい珊瑚礁の海。

其れを護る、紅に染まる空。


――ゼル――


声が、届く。

強く、真っ直ぐに。

この、心に。

長年親しんできた名前で。

自分にとって、唯一にして本物の名で。

空気の振動のように、静かな水面に起こる波紋のように。

心の奥底にじんと響き渡る。

静かで、だがとても強い想い。

自分をゼルと呼ぶ、その人物。

ああ、そうかとゼルは思う。

呼ばれていたのかと心が言う。

応えを求める呼びかけに。

誰を呼んでいいのかもわからないままに口を開く。