雨の闖入者 The Best BondS-2


「やっぱり戦ってはくれないんだね……」


心底落胆した響きで告げたロウウェルの足がゆっくりと前に踏み出される。

ゆっくりと間合いを割って入り、剣を構えるその姿をゼルは目を逸らすことなく見つめた。

反撃などしてこないと信じきった隙だらけの状態でロウウェルは剣を振りかざした。

蒼の光が目に飛び込む。

振り切られた刃。

肩から腰に向かって綺麗にぱっくりと裂ける。


「ぎぃあ゛ぁ゛ぁあっ!!」


夢のものではない確かな痛みに、唇から自分の耳でさえ驚くような悲鳴が突いて出る。

思い出したかのように一瞬遅れて、鮮やかな色彩が灰色の世界を彩る。

扇状に飛び散る紅を誰かが目にしたのなら、彼岸花を思い起こさせただろう。

それでも今迄の経験からか、体が反射的に避けようとしたため、致命傷にはならなかった事実にロウウェルの溜め息と、本当に申し訳なさそうな声が耳に届く。


「苦しませたくないのに……経験って厄介。痛いよね、ごめんなさい」


傷が、熱く燃える。

今まで何度か体験してきた、現実の痛み。


「……夢じゃ……ねェのかよ……」


現実では有り得ない空間で、現実でしかない痛みが身体を襲う。


「……夢だよ? だけど、ゼル兄の魂は確かに此処にあるんだ。体が別の所にあっても、魂は記憶してしまってるからね。痛みも、何もかも。だから、ゼル兄にとって、これは現実なんだ」


わかる? と問い掛けてくるロウウェルに、上着を脱いで傷に押し付けながらゼルが怒鳴った。


「オレがわかるわけねェだろ!」


腹に力を入れると傷が疼く。

だが腹に力を入れなければ痛みに声が呑まれてしまう。


「此処はね、ゼル兄の夢を核に作った、また別の空間だってこと」


痛みで意識を持っていかれそうなこの状況では相手の言葉を聞き取るだけでも一苦労だというのに、謎掛けに近い言葉を理解出来る筈もない。


「……つまり?」

「此処でゼル兄が死ねば、本当に死んじゃうってことだよ」