「例え生きていよーが、今のロウは世界一の剣士どころか……剣士にすらなれねェよ」
剣士は人を斬る。
だからこそ、そこに流れる血に敬意をはらわねばならない。
敬意を持てるからこそ、正義という詭弁が成り立つ。
それがゼルの正義理論だった。
「違うよ、僕はゼル兄を越えたかっただけだよ」
ロウウェルは静かに笑った。
「越えた証に、貰うよその命」
顔がかっと熱くなる。
身の危険よりも、その言葉を紡ぐのがロウウェルだということに愕然として、次いで怒りが湧いてくる。
兄として、父としての感情だ。
弟妹が間違っていることを言ったり行ったりした時に叱り付けなければと思う、あの感情だ。
「それが、お前の願いだってか? 本気で言ってんのか?! そんなくだらないものを夢の終点に置いてんじゃねェよ!」
命を奪う対象が自分であろうがなかろうが関係なかった。
人の命を奪うことが夢の証などと、そんなことを言ってはいけない。考えてはいけない。
それを教えたかったのだというのに。
ロウウェルは顔色一つ変えず、むしろきょとんとしたような表情で答えた。
「当たり前じゃない。冗談でこんなこと言えないよ。くだらないかどうかなんて、本人にしかわからないじゃないか」
ロウウェルは剣の柄を握りなおした。
光源など無いというのに、静謐(セイヒツ)な銀の光を放つ刃を双眸が捉える。
避けられない闘いの予感を前に、ゼルは奥歯を噛み締めた。
否、それは実際闘いなどではなく、狩りでしかない。
彼が弟に剣を向けるのはその性格の性質上、有り得ないことだった。
ましてや正義を貫くための果し合いならともかく、ロウウェルの目的は非人道的だ。
そんなロウウェルの剣に向き合うことなど考えられない。
それでも、狩りは始まる。
となれば狩るのはロウウェルで、狩られるのはゼルに他ならない。
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