すこしずつ、恋をする。

夜の街灯が、静かに二人の影を伸ばしていた。

「……あの、昨日は」

穂乃果は声を絞り出すように言った。昨日、優と自分は、ただの好意以上のことをしてしまった。その事実が、今になって胸を締め付ける。

優は少し俯き、手をポケットに入れたまま言葉を選ぶように沈黙した。彼は年上で、落ち着いて見えるけれど、穂乃果にはその落ち着きの裏に迷いが見える。

「……悪く思ってる?」

穂乃果の問いに、優は一瞬だけ目を逸らした。

「いや……そういうわけじゃない。ただ……ちょっと、距離感を考えたい、っていうか」

言葉に詰まりながらも、優は真剣な顔で言った。穂乃果は心臓がぎゅっとなるのを感じた。自分も、どうしていいかわからなかったのだ。

「私も……同じ。なんか、昨日のことが頭から離れなくて……でも、どうしたらいいのか」

二人の間に、言葉にならない空気が漂う。好きなのか、ただ惹かれてしまっただけなのか。確かめる前に体だけが触れ合ってしまったことが、二人の間に小さな亀裂を作っていた。
「穂乃果……」

優がゆっくり名前を呼ぶ。穂乃果は息を止めた。彼の声には優しさがある。けれど、その優しささえ、今は距離を縮めるどころか、胸の奥を痛くさせる。

「……私、優のこと、変に意識しすぎてるのかも」

言葉を出した途端、穂乃果は恥ずかしさで顔が熱くなる。直哉は何も言わず、少しだけ笑ったように見えた。

「……俺もだよ」

その一言で、ぎこちない空気が少しだけ柔らいだ。でも、完全には消えない。昨日のことは、まだ二人にとって“重く、どう扱えばいいかわからないもの”のままだ。

街灯の下、二人は並んで歩く。互いに手を伸ばすこともなく、でも離れることもできず、夜の風だけが二人の間をすり抜けた。

好きなのか、欲しかっただけなのか。答えはまだ、誰にもわからない。

ただ確かなのは、二人ともこの夜の距離に戸惑いながらも、どこかでまた向き合いたいと思っていることだった。

すれ違いの夜は、静かに、でも確実に二人の心を動かしていた。