彼は、私の上司だった。

最初に惹かれたのは、ほんの些細な瞬間。
残業で疲れていた帰り道、書類を抱えた私に
「もう無理しなくていいよ」と微笑んだ、あの夜。

その声が、優しすぎて忘れられなかった。

好きになるなんて、思ってもみなかった。
けれど、彼の彼女が――私の友達だと知ったのは、ずっと後のことだった。

偶然のようで、少し残酷なめぐり合わせ。
彼女が照れくさそうに「仕事関係の人と付き合ってるの」と笑ったとき、
胸の奥で何かが音を立てて沈んだ。

それでも私は、笑顔で「おめでとう」と言った。
彼女の幸せを願える自分でいたかったから。