だけど人の往来があるこんな中央広場で、わざとぶつかってくるなんて。
 誰がどう見ても、どちらが悪いかなど一目瞭然のはず。

 それでも彼女に意見出来る者など、この学園にはほんのわずかしかいない。それほどまでに、貴族階級において身分というものは絶対だ。

 そこまで考えて、私はふと思考が停止する。

「あ、水冷たくて気持ちいい」
「は⁉」

 私の発言の意味が分からず、フィリアは間抜けな声をあげた。
 
 いやしかし、本当に気持ちはいい。
 今日は朝から日差しがかなり降り注ぎ、しかもキチンとした制服は風通りも悪い。
 挙句、教室にはエアコンも扇風機もない。

 ただの風だけで暑くて仕方ないから、ちょうど頭から水をかぶりたいと思っていたのよね。

 うむ。なんたる偶然。バッチリじゃない。
 もしかして、意思疎通しちゃったとか?

「ん?」

 エアコンに扇風機? なんだっけ、それ。
 形は頭の中で簡単にその色や形は想像できるのに、それが何だったのか思い出せない。

 ほら、あの白い箱と、青いくるくる回るやつ……。
 どこで見たんだっけ。

「頭おかしくなったんじゃないですの?」

 取り巻きの左側の人が、ゆっくりこちらに近づき私を睨みつけた。
 睨まれてもさぁ、意思疎通しちゃった系だもの。
 仕方ないじゃない。
 それに結構気持ちいいのよ。

 私は何の考えもなく、その濡れた手で彼女の顔に触れた。

「な、何をするんですの!」
「いや、気持ちよくないですか? 冷たくて」
「行きましょう! 本当に、おかしくなってしまったみたいですわ」

 私の奇行に焦った右側令嬢は、左側令嬢の手を引き、私から引きはがす。
 
「ふんっ」

 フィリアは片手に持っていた扇子で口元を隠すと、もう一度私を睨みつけ、その場から立ち去っていった。
 
「何だったんだろう、アレ」

 私はそんな彼女たちの背中を見送りつつ、もう一度水に手を浸す。
 ひんやりと冷たいその感覚が、頭の中をスッキリさせていった。

 どうせ私を水に突き落としたいのなら、背の低い噴水でやるか、池とかじゃないと意味ないのよね。
 こんな手が濡れただけで、なんだっていうのかしら。

 でもこんな場面、どこかで見たことあるのよね。
 ほら、私結構美人サンだし。
 なんていうか、薄ピンクのゆるふわ髪にルビーのような瞳って、もうヒロインじゃない?

「ヒロイン……ヒロイン? ヒロイン⁉」

 噴水の水に写る自分の顔をもう一度見て。私はようやく気付いた。
 そう。
 私はこの世界に、転生してきた者だということをーー