ある日の一息ついた午後、真鍋さんが真面目な顔を私に向けてきた。
 「‥‥あのさ。今日、ちゃんと話そうと思ってたんだ」
 二人の間だけが、やけに静かになった気がした。
 「最初に君の仕事を見たとき、本当に驚いた。完璧で、冷静で、でも温かくて。あのドレスの裾の動きや、花の色味ひとつとっても、誰かのことをちゃんと考えて作ってるのが伝わってきた」
 私は何も言えず、ただ彼の言葉を受け止めていた。
 「俺ね、君のこと、すごく尊敬してる。‥‥でもそれだけじゃない。いっしょに働いてるうちに、気づいたんだ。朝、君が一番乗りで花の水を替えてるの見て、会議が終わったあとで、自分のメモを清書してチームに配ってるのを見て、‥‥そういう細かいとこに、毎回、心を持っていかれてた」
 私は、ふっと息を飲んだ。
 何か言わなきゃ、と思っても、うまく言葉が出てこなかった。
 「だから‥‥好きなんだ。君の仕事に向き合う姿勢も、笑うときの顔も、誰かのために悔しそうになるときも。全部、好きになってた」
 真鍋さんは、照れるでもなく、誇るでもなく、ただ真っ直ぐに言った。
 まるで仕事で大事な提案をするときみたいに、慎重で‥‥でも本気の声だった。
 私は、その場に立ち尽くしながら、ようやく小さく頷いた。
 胸の奥にずっと沈めていた感情が、じわじわと浮かび上がってくるのを感じていた。
 心の奥に引っかかっていた森岡のあの日の言葉が、ス‥‥と消えていった。
 「‥‥ありがとう。ちゃんと、受け取ります」
 それがやっとの返事だったけど、真鍋さんは、嬉しそうに息をついていた。
 「‥‥そのうち、君に一番似合うドレスを、一緒に選びに行こうか」
 小さな声だったけど、まっすぐで、あたたかかった。
 きっとこの人となら、また違う未来が見られる。
 私は、笑ってうなずいた。