派遣されたのは、真鍋ウエディングトラブル対応サービスという字顔だけで、大体業務内容が分かるような会社。
 場所は都心からちょっと離れた場所にある雑居ビルの三階。普段は気にもとめないような場所にある。
 「失礼します」
 ドアをノックして中へと入る。雑然としたビルの外観とは違って、中は式場の様に、きちんとしていた。
 奥からスーツ姿の男性が近づいてくる。
 「白石紗和さんですね」
 背が高く、すっきりとした顔立ちに、若々しさと冷静さをあわせもつ印象。見覚えがある気がした。
 「白石さんは、先月の式で裏方にいらっしゃった方ですよね?」
 「えっと‥‥どちらの式、でしょうか?」
 「森岡さんと芦原さんの結婚式です。友人として参列してたんですが、あの式、正直びっくりするほど良くて。演出も構成も、花もドレスも……全部が一つの物語みたいでした」
 「‥‥‥‥」 
 私は一瞬だけ呼吸が止まった。心の奥にしまっていた傷が、そっと揺らいだ気がした。
 「それを手がけたのが、あなたじゃないかと思って、」
 「‥‥どうして、私だと?」
 彼は少し口元をゆるめた。
 「式の途中、舞台袖で花嫁のドレスを直してるのが見えたんです。手つきが、すごく慣れていて。それに、最後まで一度もミスがなかった。プロの所作でした」
 私は苦笑した。
 「観察力、ありますね」
 「仕事柄、そういうの得意なんです」
 彼は名刺を差し出してきた。そこには「トラブルウェディング再生プロデューサー 真鍋春斗」と書かれていた。
 彼がこの会社の社長の真鍋だった。
 「一度会って話を聞こうと、式場に問い合わせたら、もう退社したと聞いて、驚きました。派遣会社であなたの名前を聞いた時、もしかしたらと思ったんです」
 「‥‥‥‥」
 「正直、あなたみたいな人に手伝ってもらえたらって、ずっと思ってました」
 名刺を受け取りながら、自分の鼓動が静かに早まっていくのを感じた。
 ——もしかしたら、まだ終わってないのかもしれない。
 私はその手を取った。

 逃げるように辞めたけれど、どこかでずっと思っていた。
 あの日の悔しさも、絶望も、全部無駄じゃなかったと信じたかった。
 誰かの特別な一日をつくる――

 私が一番、やりがいを感じられる場所は、やっぱりここなんだ。