彩芽が死んだ、あの去年のこの日のように、今年も雨が降り注いでいる。

しとしとと静かに降り続く雨が街の喧騒を包み込んでいる。

スポーツバックの中から、紺色の真新しい傘を取り出した。

カチッと音を立てて傘を広げると、すぐに雨粒がぽつぽつと傘を叩き始める。

外の世界が遠くなって、雨音だけが寄り添ってくれる。

吐いた息がそっと白く見えて、ほろりと記憶が滴る。

「あの…」

小さな子供。

なんとなく見覚えがあるような気が、いや、どうせ人違いだな。

振り返った足を戻して、また踏み出していく。

「あ、待ってください」

え?

いや、タバコとか酒とかはしたことねえけど、小さい子供は俺みたいな奴に関わっちゃダメだろ。

聞こえないふりをして、通り過ぎようとした。

「鹿穂見彩芽さんのご知り合いですか?」

小さな子供にしては丁寧な言葉が聞こえて、俺は反射的に振り返った。

「あの、僕謝りたくて…」

その少年は、俺が小学生だった時に身につけていた制服と同じものを着ていた。

「あの大雨の日、彩芽さんが川に飛び込んだ姿を見てて、助けられなかった。ごめんなさい」

目の前の少年は、礼儀正しく深く頭を下げた。

「そう、だったんだ。彩芽、どんな様子だった?」

唇を噛んで、込み上げてくる何かを噛み締めた。

「罪悪感を無くすために改竄しているかもしれないですけど、凄く満足したような気持ちよさそうな表情だった」

下を向いて、拳を握りしめている。

気持ちよさそうに死んだのか。

よかった。

傘を持っていた手の力が緩んで、落としかけた。

「そっか。きっと改竄されてないよ。彩芽が死ぬなら確かにそうやって死にそうだ」

不思議そうな顔をして、俺の顔を見つめている。

「彩芽を助けないでくれて、ありがとう」

少年の目を真正面から見つめて、俺は頭を下げた。

彩芽、死んでよかったんだよな。

きっと。そうだよな。