放課後の屋上で、私は時雨くんと並んで座っていた。
 夕日が差し込んで、校舎の壁をオレンジ色に染めている。

 風が気持ちよくて、あの日の騒がしさが嘘みたいだった。

 気づけば、時雨くんは私の手を包んでいた。

 「……雪菜。今日さ、ちゃんと話したかった」

「うん。なんとなく、そんな気がしてた」

 時雨くんは黙って夕日を見つめていたけれど、
 その横顔はいつもより真剣で。

 でも怖さはまったくなかった。
 ただ、胸が少しだけきゅっとなる。

 やがて時雨くんは息を吸い込んで、私の方へ向き直った。

 「オレ、お前のこと……守れてたか?」

「え?」

 そう聞かれるとは思わなくて、目を瞬かせる。

 彼は少し俯いたまま続けた。

 「狼牙の件も……巻き込んだ。
  オレのそばにいるせいで、怖い思いばっかさせた。
  ……それが、ずっと引っかかってた」

 時雨くんの声は静かで、まっすぐで。

 胸の奥がじんと熱くなる。

「時雨くん」

 手を握り返すと、時雨くんの肩がわずかに震えた。

「怖かった時もあったよ。でも……一度も、嫌だって思ったことはないよ」

 時雨くんが顔を上げ、驚いたように見つめてくる。

「だって……時雨くんは、全部守ってくれた。
 あの時も、そのあとも。
 私、時雨くんのおかげで立っていられたんだよ」

 風が吹いて、髪が揺れる。

「時雨くんが、私を手を離さなかったから……
 私も、時雨くんのそばにいたいって思えたの」

 時雨くんの瞳が、ゆっくり熱を帯びていく。

 その目を見ているだけで、胸が温かくなった。

 そしてゆっくり、私の腰を引き寄せてくる。

 「……雪菜。
  オレ、本気で……お前がいない未来、考えられねぇんだけど」

 抱き寄せられて、胸に触れる鼓動が速くなる。

「いない未来なんて、私も嫌だよ」

 言った瞬間、時雨くんの腕の力が強くなった。

 「雪菜……大好きだよ」

 耳元で落ちる声が甘くて、切なくて。

 顔を上げると、時雨くんがそっと額を合わせてきた。

 静かで、深くて、優しい。

 「これからのオレは、
  守るだけじゃなくて……
  雪菜の“隣”をちゃんと歩きたい」

 胸が熱くなって、目の奥がじんとする。

「隣……?」

 時雨くんは小さく笑う。

 「彼氏とか、そういう軽いやつじゃなくて。
  もっとちゃんと……お前の未来に、オレがいたい」

 夕日が落ちて、世界が赤く染まる。

 その光の中で、時雨くんは誰よりも綺麗だった。

 私は彼の胸にそっと顔を寄せる。

「……うん。
 時雨くんの未来に、私もいたい」

 その言葉を聞いた瞬間、
 時雨くんの息が止まったように静かになり――

 次の瞬間、抱きしめられた。

 強く、でも優しく。

 「……離さねぇよ。
  一生、離す気ねぇから」

 その声が、決意に満ちていて。

 私は目を閉じ、彼の心臓の音を静かに聞いた。

 これで終わりじゃない。
 ここが始まり。

 黒焔とか、狼牙とか、そんな名前よりずっと。
 時雨くんと私が歩く未来の方が、大切だから。

 夕焼けに包まれた屋上で、
 私たちはゆっくりとキスを交わした。

 優しくて、温かくて、
 これからを誓うみたいなキスだった。