狼牙との衝突は、とりあえず終わった。
でも、まだ胸の奥がざわざわする。
黒焔のメンバーたちが後片付けをしている中、
私は時雨くんの腕を支えながら歩いていた。
「……歩ける?」
「歩ける。雪菜が支えてくれてるし」
「ほんと無理しないでよ……」
時雨くんは笑うけど、
手のひらには微妙に力が入っていて、
本当はかなり疲れてるのがわかる。
*
黒焔のアジトに戻ると、
皆がどこか落ち着かない顔をしていた。
「総長、お疲れっす……!
でもこれ、報告っす」
凛が眉を寄せながら言った。
「狼牙の連中……どうやら、まだ残党が動いてるみたいで」
「残党……」
胸がきゅっと縮む。
凛は深刻な顔で続ける。
「今日の襲撃、あいつら全員じゃねぇ。
逃げたやつらが、まだ動いてる可能性が高いです」
その言葉を聞いた瞬間、
時雨くんの雰囲気がわずかに変わった。
「……なるほどな。
じゃあ雪菜を巻き込んだやつらは、まだ終わってねぇ」
低い声。
でもすぐに、私を見るとその鋭さは柔らかく溶けた。
「ここからはいい。
雪菜を休ませるほうが先だ」
「お、おう……了解っす」
空気を察した仲間たちが作業に戻る中、
時雨くんは私の手を取って、自分の部屋へ向かう。
「座れ。……いや、ここ」
そう言った瞬間、
私はソファに座らされる前に引き寄せられ、
時雨くんの胸に抱き込まれた。
「ちょ、時雨くん……!」
「……疲れた」
ぽす、と肩に頭を預けてくる。
「戦ってる間ずっと……雪菜のことばっか考えてた。
無事かどうか、それだけ気になって……落ち着かなかった」
「っ……」
弱った声に、息が止まりそうになる。
時雨くんは私の服に額を押しつけたまま、
ふっと、少し震える声で言った。
「今日……雪菜が攫われた瞬間、頭真っ白になった。
二度とあんなの、味わいたくねぇ」
ぎゅ、と腕が回ってくる。
力強いのに、どこか不安が滲んでいて……
胸が締めつけられる。
「雪菜……もうちょいここにいてくれ。
……離したくねぇ」
そう言われて、私はそっと彼の背中に手を回した。
「……いるよ。ずっと」
時雨くんは小さく息を吐いて、
私をさらに抱き寄せた。
「……好き。
ほんと……好きだわ、雪菜」
その声は、
どこまでも甘くて切なくて、
戦っていた時の彼とはまるで別の——
私だけが知っている人だった。



