この恋、史上最凶につき。



 狼牙との乱闘は、もう終盤に差しかかっていた。

 倒れた敵たちの呻き声だけが残り、
 黒焔の仲間たちは息を整えながら立っている。

「総長ッ! そっちは終わりっす!」

「……あぁ。こっちも片付いた」

 時雨くんの声はかすれていた。
 肩で息をして、掌には血。
 頬にも殴られた跡が残っている。

(痛そう……っ)

 胸がぎゅっと縮んだ瞬間、
 彼がゆっくりとこっちを見た。

 戦う時の鋭さは消えて、
 代わりに——恋人としての顔が戻ってきていた。

「……雪菜」

 そう呟いたとたん、
 時雨くんの身体が揺れた。

「!!」

 私は慌てて駆け寄る。

「時雨くん、大丈夫!? 痛いところ──」

「……来んなよ、雪菜」

 ふらふらのくせに、
 腕を広げて私を抱き寄せる準備だけはしている。

(もうっ……来るなって言ってるのに……)

 でも、その必死さが愛しくて、苦しくて。

 私はそっと時雨くんの胸に飛び込んだ。

 その瞬間、
 彼の腕が力なく、でも確かに私を包み込む。

「……あぁ……よかった……」

 耳元で、
 途切れそうな声が零れた。

「雪菜……生きてて……よかった……」

「そんな……当たり前じゃない……」

「当たり前じゃねぇよ……
 さっき、雪菜が狙われた時……心臓止まるかと思った……」

 言葉が震えている。

 強くて、怖くて、誰よりも頼れる総長が
 私の肩に額を押し付け、
 震えたまま息を吐いている。

「怖かった……?」

「……当たり前だろ……雪菜は……俺の、全部なんだから」

 その“全部”という言葉に、
 視界が一瞬にして熱くなる。

「無事で……ほんとによかった……」

 抱きしめる腕に、少しだけ力が入る。

 でもすぐに、
 ぐらり、と時雨くんの身体がまた傾いた。

「時雨くん!?」

「……はは、大丈夫……ちょっと、力抜けただけ……」

 そう言いながら、
 私の肩に半分もたれている。

 大丈夫じゃ、ない。

 でも——

「雪菜、離れないで……」

 弱った声でそう言われたら、
 もう離れられるわけがない。

「離れないよ。ずっといるよ」

 そう囁いたら、
 時雨くんはようやく息を吐いた。

「……ありがと……好き。めっちゃ好き」

 胸に顔を埋めたまま、
 甘えるように搾り出す声。

 戦いの後で、
 血の匂いの中で、
 それでも彼は私にだけは甘くて優しい。

「私も……好きだよ」

 そっと抱き返すと、
 彼の身体が私の腕の中で落ち着いていく。

 黒焔の仲間たちは空気を読んで、
 誰も近づいてこない。

 二人だけの静かな余韻が、
 戦いの残響の中にひっそり宿った。