黒焔の基地での作戦会議が続いていたときだった。
「……来るぞ」
低く呟いたのは綾斗さんだ。
全員が一瞬で空気を変える。
「え……?」
私が戸惑うより早く、
基地の外から爆音が響き渡った。
——ドォンッ!
壁が震え、窓の外にヘッドライトの光が流れ込む。
「狼牙だ! 来たぞ!!」
仲間が叫び、黒焔が一気に動き出す。
胸が一気に強く脈打つ。
息が苦しくなるほどの恐怖。
「雪菜」
時雨くんの声がすぐ耳元に落ちてきた。
「離れるな。絶対に」
その声は普段の甘さを捨てた、総長としての声。
でも私の腕を掴む手だけは震えていた。
「時雨くん……っ、怖い……」
「大丈夫だ。俺がいる。
雪菜を誰にも触らせねぇ」
外から、エンジン音と怒号が重なり合う。
「総長!! 狼牙、数十人規模!!」
「先に姿現したのは向こうかよ……!」
緊張と怒りが混ざった声が飛び交う。
時雨くんは私の手を強く握ったまま、
綾斗さんに声をかける。
「綾斗、雪菜を中心から離すな」
「了解。……けど総長、雪菜ちゃん離して」
「無理だ」
即答だった。
綾斗さんが苦笑いして肩をすくめる。
「だろうな。じゃあ、片手で守れ」
「言われなくても」
その時——
ドンッ!
基地の鉄扉が強く叩かれ、
鋭い怒号が響く。
「出てこい、黒焔ッ!!
総長を連れてこい!!」
「……総長狙い、確定か」
「来るなら来いよ。潰す」
時雨くんの横顔は、
怒りで静かに燃えていた。
***
仲間たちが前線に向かって走る中、
時雨くんは私を背後に庇いながら進む。
「雪菜、後ろにいろ。
俺の背中から一ミリでも離れんな」
「うん……」
基地の奥に着く前に、
鉄扉がついに破られた。
ガァン!!!!!
粉じんの向こうで、狼牙の連中が雪崩れ込む。
「総長ォォ!!
出てきやがれ——ッ!!」
「時雨くん……!」
「下がれ! 雪菜!」
時雨くんが反射的に私の肩を抱き寄せる。
その瞬間。
狼牙の一人がこちらに気づき、大声で叫んだ。
「いたぞ! 総長!!」
「ッ……雪菜、伏せろ!!」
時雨くんの腕が私を包み込む。
それは盾のようで、
でも同時に恋人としての必死さが滲んでいた。
「お前ら……雪菜の前で好き勝手言ってんじゃねぇよ」
低い声。
怒りを押し殺した獣のような声音。
時雨くんの目が、完全に変わった。
「総長、行くぞ!!」
「黒焔、前へ!!」
仲間の声と同時に、
黒焔が狼牙へ一斉に向かう。
闘いの渦の中、
時雨くんは私を離そうとしなかった。
「時雨くん……前、危ない……」
「見てろ。俺が、お前を守る」
手を握りながら、
彼は前線へと踏み込んでいく。
(そんな……手を繋いだままなんて……!)
「雪菜、離したくねぇ。
離したら……お前を奪われそうで、怖ぇんだよ」
その声は、
戦いの直前なのに甘くて、痛いほど本気だった。
「大丈夫……時雨くんを、誰も奪わないよ」
「雪菜……」
時雨くんが一瞬だけこちらを振り向き、
唇まで触れそうな距離で囁く。
「……終わったら、抱きしめさせろ」
次の瞬間、
黒焔の総長としての顔で前へ飛び込んだ。
狼牙との全面衝突が、いま始まる――。



