「時雨くん、帰ろ?」
「……ああ」
返事は普通だけど、
歩くペースがいつもより早い。
(なんか様子がおかしい……)
手を繋いでいるのに、
時雨くんはその手に力を込めて離さなかった。
「今日……なんかあった?」
「後で話す。家、着くまで」
それだけ言う声は、低くて硬い。
***
伊達家の前についた瞬間。
時雨くんのスマホが短く震えた。
一瞥した彼の目が、鋭くなる。
「……やっぱり動きやがった」
「え……?」
胸がざわつく。
「雪菜、家入る前に言っとく。
狙われてんのは――お前じゃねぇ。俺だ」
「……時雨くんが?」
「黒焔総長の“首”を欲しがってる。狼牙が」
息が止まった。
雪菜が狙われていると思っていた恐怖とは違う、
もっと深い場所を締めつける不安。
「……なんで今、そんな……」
「黒焔の勢力、デカくなりすぎた。
狼牙は前から目障りだったみてぇだ。
総長落としたら、一気に解体できるって読みなんだろ」
呆れたように吐き捨てながらも、
その目だけは笑っていない。
「時雨くん……危ないよ……」
「危なくねぇように動く。黒焔もいる」
そう言って優しく頭を撫でるのに、
その手はほんの少し震えていた。
怖いのは、たぶん私より時雨くん自身だ。
「雪菜、今日から……一人で歩くな」
「うん……」
「一緒に帰る。行きも帰りも。
守るとかじゃねぇ。
……俺が、お前の近くにいねぇと落ち着かねぇ」
その声を聞いて、胸が熱くなる。
(時雨くん……)
「黒焔のアジト行く。
雪菜も一緒に来てほしい」
「……行くよ。当たり前でしょ」
その一言に、時雨くんの表情がようやく緩んだ。
「ありがとな。雪菜」
黒焔の基地に入ると、空気が一変していた。
「時雨、ようやく来たか」
「情報、確定だ。狼牙の動き、完全に総長狙いだな」
「……総長、逃げろって言っても無理だろ?」
「当たり前だ。逃げても意味ねぇしな」
黒焔のメンバーが一斉に集まり、
戦闘前の独特な緊張が満ちる。
その中で、時雨くんはずっと私の手を握っていた。
(こんな場面なのに……)
手を離さない理由が、
彼の不安の深さを示しているようで胸が痛む。
「雪菜」
「うん」
時雨くんが顔を寄せ、
私だけに聞こえる声で囁く。
「狙いが俺だろうが、誰だろうが関係ねぇ。
――お前だけは絶対に巻き込ませねぇ」
その決意の強さに、息が詰まる。
(時雨くん……そんな顔しないで)
「……そばにいるよ。ずっと」
そう言うと、時雨くんの表情が一瞬だけ緩む。
「……助かる。
お前がいねぇと、俺、戦う前から壊れそうなんだわ」



