黒焔の会議が終わった頃には、
外はすっかり夜になっていた。
綾斗さんたちがバイクの整備を続ける中、
時雨くんは私の手をとって外へ連れ出す。
「……雪菜、ちょっと来い」
「え、どこ行くの?」
「帰る。
……二人きりになりてぇ」
その声がやけに低くて、
胸がきゅっと締めつけられる。
アジトを出てしばらく歩くと、
夜風が少しだけ涼しく感じられた。
街灯の下で手を繋ぎ直した時雨くんは、
何度も私の手の位置を調整するみたいに
指を絡めてくる。
「……さっきの会議」
ぽつりと声が落ちる。
「雪菜の顔、ずっと不安そうだった」
「そんな……つもりじゃ……」
「見れば分かる。
俺以外、誰も気づいてなかったけどな」
時雨くんは立ち止まり、
私の前に回り込んだ。
夜の灯りで影になった瞳が、
まっすぐ私だけを射抜く。
「……心配させてるの、分かってる」
「だって時雨くんが狙われるなんて……」
「平気だって。
俺、雪菜のためなら誰にも負けねぇし……
簡単に死ぬ気もねぇよ」
言葉だけじゃなく、
雰囲気が“本当に強い人”のそれだった。
でも。
そのすぐ次に落ちた声は、
恋人の顔だった。
「……でもな」
私の手首をそっと掴み、
自分の胸元へ引き寄せる。
「雪菜が不安そうにすんの……ムリ。
見てらんねぇ」
「時雨くん……?」
「俺、お前には……笑っててほしい。
不安とか涙とか……俺以外の前で見せんな」
さらに腕を回され、
抱きしめられた。
胸に顔が触れるくらい近くて、
息がかかるのが分かる距離。
夜道なのに、
世界に私たちだけが取り残されたみたいだった。
「……雪菜」
「うん……」
「今日の会議中……ずっと、お前のこと考えてた」
「……え?」
「怖がってねぇか。
震えてねぇか。
泣きそうになってないか……」
抱きしめた腕に力がこもる。
「俺さ……お前のことになると
本当に余裕なくなんだよ」
その言葉の熱が胸の奥まで染み込んだ。
(そんなふうに思ってくれてるんだ……)
時雨くんの胸元にそっと手を添えると、
彼は驚いたように息をのみ、それから小さく笑った。
「雪菜。
……好きすぎて、困る」
「わたしも……好きだよ」
「知ってる。
……でも、もっと言え」
「も、もっと……?」
「足りねぇ。
今日、不安そうだった分……補え」
「もう……時雨くん……」
恥ずかしくて俯いた瞬間、
顎に指を添えられ、顔を上げられる。
夜の光に照らされた瞳は、
“総長”でも“不良”でもなく、
ただ私を溺れるほど好きな恋人そのものだった。
「雪菜。
俺だけ見てろよ」
強く、甘く、独占的に。
その一言で、
胸の不安が全部飲み込まれていった。
家の近くまで来ると、
時雨くんは手を離さずに言う。
「次、黒焔が動く時……絶対そばにいろ」
「危ないよ……?」
「それでもいい。
雪菜がいないと、俺、落ち着かねぇ」
少し困ったように笑うけど、
その声は確信に満ちていた。
「俺が天下取るとこ……全部、お前が見てろ」
その宣言は、
まるで誓いの言葉みたいだった。



