仲間から次々と情報が集められていく中、
 アジトの空気は少しずつ張りつめていった。

「狼牙、マジで動くっぽいな……」

「最近、あっちのナンバー2が調子乗ってるらしい」

「また喧嘩売ってきたら潰すだけっしょ」

 みんなの声は平然としているけど、
 黒焔が本気になれば
 本当に街がざわつくほどの力がある。

(前みたいに……また危ないことにならないかな)

 胸が少し痛むほどの不安を抱いた瞬間、
 視界の端で時雨くんが動いた。

「雪菜」

「……うん?」

 彼は何も言わず、
 ソファに座っていた私の隣に腰を下ろした。

 そして、当然みたいに腕を回してくる。

「ちょ、時雨くん……みんな見てるよ?」

「見せてんだよ。
 雪菜は俺のだって」

「な、なにその言い方……」

「嫌?」

 そんなこと言われたら、
 嫌どころか胸が苦しくなる。

「……嫌じゃない」

「ならいい」

 それだけ言って、
 時雨くんは私の肩に頬を寄せるみたいに軽く触れた。
 人前なのに、完全に“恋人モード”だ。

 黒焔の仲間たちは驚くでも冷やかすでもなく、
 むしろ「総長またやってる」くらいのテンションで笑っている。

「総長、雪菜ちゃん抱えたまま会議すんのかよ」

「もう恒例行事じゃん」

「雪菜ちゃんの方が落ち着いてんのウケる」

「……うるせぇ」

 時雨くんは仲間を一瞬だけ睨むけど、
 私への腕はゆるまない。

 むしろ、力が少し強くなる。

(……守ってくれてるんだ)

 そう思うと胸が温かくなった。

「で、総長」

 綾斗くんが真剣な目で時雨くんを見る。

「狼牙が狙ってんの、“黒焔の総長”な。
 ……雪菜ちゃんじゃない」

 その一言で、私は小さく息を吸った。

(……よかった。私じゃない……でも)

 時雨くんが狙われるのは、もっと嫌だった。

「時雨くん……危なくない……?」

 気づいたら声が震えていて、
 その瞬間、時雨くんは膝を少しだけ寄せ、
 私の手を包むように握った。

「大丈夫だっつってんだろ」

 低くて優しい声。

「俺はやられねぇよ。
 ……雪菜、泣かせたくないし」

「泣かないよ……」

「嘘つけ。
 この前攫われた時、めっちゃ泣いてた」

「そ、それは……!」

 思い出しただけで顔が熱くなる。

 でも時雨くんは、
 からかうんじゃなくて、
 むしろ嬉しそうに指先を重ねてきた。

「心配すんな。
 俺はお前のためなら、何度でも勝つから」

 その言葉は、
 黒焔の総長としての強さと、
 私だけに向ける甘さが混ざっていた。

「綾斗、続けろ」

「おう。……で、黒焔としての動きだが──」

 時雨くんは腕を回したまま、
 真剣に話を聞き始めた。

 ——私を抱き寄せた状態で。

(……こんなの、誰にも見せられない時雨くんなのに)

 黒焔だけは特別なんだ。

 そう思うと、
 胸が不思議なくらい落ち着いた。