夕暮れが完全に落ちきる前の時間。
オレンジ色と群青が混ざり合った空の下、
私と時雨くんは黒焔のアジトへ向かっていた。
「今日、少しだけ顔出す。
……雪菜も一緒に来い」
「うん。時雨くんが行くなら、私も行く」
バイクを降りた時、
時雨くんが一瞬だけ私の手を取る。
「……離れんなよ。
中、ちょい騒がしいかもだから」
「大丈夫だよ」
入口をくぐると、
黒焔の仲間たちが既に集まっていた。
オイルの匂い、バイクの金属音、
騒がしい笑い声。
でも——
「お、総長来たな!」
「雪菜ちゃんも一緒か」
ざわつきながらも、
みんな私を普通に受け入れてくれる。
以前と違い、
もう“紹介された外の子”じゃない。
総長の隣にいるのが当然みたいに扱われる。
その変化が不思議で、でも少し嬉しかった。
そんな中——
「総長。狼牙……動きそうです」
綾斗さんが低い声で言う。
場の空気が一瞬、冷えた。
(狼牙……前に私を──)
思わず肩が強ばる。
その気配に、時雨くんの目が鋭く光った。
「……雪菜、ここ座れ」
時雨くんは古いソファへ私を座らせ、
自分はその横に立った。
まるで守るみたいに。
「詳しく話せ」
仲間の言葉を聞く時の時雨くんは、
学校の時とは全然違う。
冷静で、鋭くて、
総長としての重さを背負っている。
(……いつもより“怖い”けど、でも安心する)
時雨くんの声が低く響く。
「狼牙、前の喧嘩で黒焔に負けたの引きずってるっぽい。
どうも、総長を狙ってくるって噂が」
「来るなら来ればいい。上等」
時雨くんは即答した。
その表情は笑っていないのに、
自信だけが静かに滲んでいる。
黒焔の仲間たちもその言葉に頷く。
でも私は──
胸の奥にうっすら不安が広がっていた。
(時雨くん……大丈夫かな)
黙って彼を見つめていたら、
ふいに横目でこちらを見る。
「雪菜」
「……なに?」
「心配してんの、分かってる」
みんなの前だけど、
彼は私にだけ聞こえるような声で言った。
「大丈夫だ。
お前の前から消える気ねぇよ。
消えられるかよ……こんな好きな奴置いて」
小さく、でも深く刺さる言葉だった。
(……そんなこと言われたら、不安も全部溶けちゃうよ)
胸が熱くなって手を伸ばしかけた瞬間——
時雨くんが、その手をそっと掴んだ。
指先を重ねるように。
仲間には見えない角度で。
「……雪菜が見ててくれりゃ、それで十分」
「時雨くん……」
「雪菜は俺が守る。
お前は……俺が命より優先する」
その一言で、
黒焔の空気がどれだけ荒れていても
私の世界だけは落ち着きを取り戻した。



