夏休みが終わって、少しずつ学校の空気に慣れてきた頃。

 私は放課後、図書室に向かっていた。
 次の課題の資料を借りたくて、先生に頼まれたものもあった。

「雪菜ちゃん、ちょうどよかった!」

 声をかけてきたのは、クラスメイトの男子・加瀬くん。
 明るくて親しみやすいタイプ。

「図書委員の仕事でさ、重い本を運ぶんだけど……
 ちょっと手伝ってほしくて」

「あ、いいよ。私もちょうど図書室行くし」

「助かる!さすが雪菜ちゃん」

 軽い感じで笑われて、
 私は気にせず図書室へ向かった。

(……この後、時雨くんと帰る約束してたから
 早く終わらせないと)

 そんなことを考えていた、その時だった。

 図書室の扉の前で、空気がピシャッと張り詰めた。

「……何してんの」

 低い声。
 振り向くと、時雨くんが立っていた。

 機嫌は――よくない。
 いや、明らかに“怒ってる目”だ。

「し、時雨くん。あのね、加瀬くんが……」

「雪菜ちゃん、資料の場所こっち——」

 加瀬くんが一歩近づいた瞬間。

 ガシッ。

 時雨くんが私の手首を掴んだ。
 強すぎない、でも絶対に離さない力。

「……悪いけど、コイツ借りるわ」

「え? あ、うん……?」

 加瀬くんが困惑したまま固まっていると、
 時雨くんは完全に不機嫌な顔のまま私を連れて図書室の外へ。

「時雨くん……どうしたの?」

「どうしたもこうしたもねぇだろ。
 なんでアイツと二人で本運んでんだよ」

「頼まれたから、少しだけ手伝おうと思って……」

「思って、じゃねぇよ」

 立ち止まって私を見る時雨くんの目は、
 焦っているようで、必死で、
 でもほんの少し……怯えているみたいだった。

「……俺と帰るって言ってただろ。
 忘れたのかと思った」

「忘れるわけないよ」

 そう言って、私はそっと手を握り返した。

 すると、時雨くんの眉がわずかに揺れて、
 掴んでいた手首から、指を絡めるように優しい握り方に変わる。

「……他の男子と、距離近いの嫌だ。
 黒焔でも、学校でも。
 雪菜は俺の……だから」

「うん」

「『うん』だけじゃイヤだ」

 真剣すぎる目に見つめられて、
 胸がぎゅっと熱くなる。

「……時雨くん。
 私、時雨くんが一番好きだよ」

 言った瞬間、時雨くんの目が大きく開いた。

 そして——

「……もう一回」

「え?」

「今の……もう一回言えよ」

「……好きだよ。時雨くん」

 その言葉を飲み込むように、
 時雨くんが私を抱きしめた。

 図書室の廊下とは思えないくらい、
 熱くて、深くて、息が止まるほどの抱擁。

「……マジで、好きすぎてどうにかなりそう」

「ふふ……」

「笑うな。
 お前が誰の隣に立つかとか……全部気になるんだよ」

 ぎゅっと抱きしめられたまま、
 私は彼の胸にそっと顔を埋めた。

「時雨くん。ちゃんと帰ろ?」

「……ああ。絶対離さない」

 その手は、いつもの強気さとは違って、
 ただただ私を大切に守ろうとしてくれていた。