放課後の空気が少し冷え始めた時間。
 時雨くんに連れられて来たのは、黒焔の基地だった。

 バイクのエンジン音が鳴り響き、
 仲間たちの声が飛び交う。

「お、総長来た!」
「……あれ、伊達さんも一緒?」
「てかさ、最近マジで離れないよな」

 ちらっと向けられる視線。
 でも、もう慣れてきた。

 時雨くんは当然のように私の腰に手を回してくる。

「……総長、堂々すぎんだろ」
「リア充爆発案件」

 黒焔の仲間たちがひゅーっと茶化した声をあげると、
 時雨くんが無表情のまま言った。

「は? 何が悪いんだよ。
 ——俺の彼女なんだから当然だろ」

(……!)

 “俺の彼女”って、みんなの前で言われるの、まだ慣れない。
 耳の奥が熱くなる。

「っ……時雨くん、ちょっと……!」

 小声で注意しても、
 時雨くんはまったく聞く気がなさそうだった。

 むしろ——
 腕を回す力が少し強くなる。

「雪菜、離れんなよ。
 ……ここじゃ特に」

 その低い声に、
 背筋がぞくっと震える。

     *

 黒焔のリーダー陣が集まり、作戦会議が始まった。
 私は少し離れた場所で待っていたのだけれど——

「伊達さーん、飲み物いる?」
「総長の彼女なんでしょ?仲良くしよ」

 優しそうに見えたけど、
 その笑顔の下にどこか探るような気配を感じた。

「あ、ありがとうございます。大丈夫です」

 そう言った瞬間——

「……何してんだよ」

 時雨くんが真後ろから腕を伸ばし、
 私の肩をぐいっと引き寄せた。

「と、時雨くんっ!?」

「雪菜に話しかけんな」

 仲間の一人が苦笑する。

「いやいや総長、俺ただ飲み物——」

「いらねぇよ。
 雪菜に近づいたこと自体がムカつく」

 声は低く、刺すほど鋭い。
 けれど抱く腕だけは、私を壊れないように包むみたいに優しい。

(……また、独占してる)

 頬が熱くなるのを止められない。

「総長、重症だな……」
「彼女できてからヤバさ増してるぞ」

「うるせぇ。
 俺の雪菜は、俺だけ見てりゃいいんだよ」

「っ……!」

 その瞬間、
 仲間たちが一斉に「はいはい」とため息をつく。

 でも本気で止める人は誰一人いなかった。
 黒焔の誰もが、
 時雨くんが私をどれだけ大事にしているか知っているから。

     *

 会議が終わると、
 時雨くんは私の手を自然に取って歩き出した。

「……雪菜」

「なに?」

「今日、あいつらの前でずっと我慢してた」

「え?」

 立ち止まった時雨くんが、
 私の手を自分の胸に押し当てる。

「触れたいし、抱きたいし……離れたくねぇのに、
 “総長の顔”して耐えてんだよ」

「……!」

 心臓が跳ねる。

「帰ったらさ。
 ……ずっと、俺の隣いろよ」

「……うん」

 その瞬間、
 彼の表情が少し緩んだ。

 黒焔の総長でいる時とは全然違う、
 私だけが知ってる顔。

(……好き。こんな時雨くんが、いちばん好き)

 基地の喧騒の中、
 彼の指が、そっと私の指に絡む。

 まるで
 “離す気、ゼロ”