放課後になった瞬間、
チャイムの音より早く、私の腕を掴む人がいた。
「雪菜、帰るぞ」
教科書をしまう暇もないほど自然に、
時雨くんは私の手を取って立たせる。
「ちょ、ちょっと待って……!」
「待てねぇ」
即答だった。
恋人になってから時雨くんは、
“放課後=雪菜を連れて帰る時間”みたいに思っているらしい。
廊下に出ると周りの子たちがちらっと見る。
「伊達さん、今日も織田くんと……」
「ほんと距離バグってる……」
そんな声が耳に入るたびに——
ぎゅっ。
時雨くんの手がまた強くなる。
「……見られんの好きじゃねぇけど、
雪菜が俺の彼女ってバレてんのは悪くない」
そんなこと言われたら、
心臓が喉のあたりまで跳ねてしまう。
*
校門を出ると、
風が夏の匂いを残していて気持ちいい。
だけど時雨くんは、周りなんて見てない。
ずっと私だけを見て歩いてた。
「……なに?」
気恥ずかしくて聞くと——
「雪菜、今日ずっと可愛い」
「っ……な、なんで急に……!」
「俺の彼女なんだから、可愛いのは当然だけどな」
堂々とした声で言うから、
返事が詰まってしまう。
恋人になってからの時雨くんは、
距離が近いし、
言葉が甘いし、
ほんとに、毎日が心臓に悪い。
(でも……嬉しい)
*
横断歩道の前で立ち止まった時、
急に腕を引かれた。
「時雨くん?」
振り向いた瞬間。
——ぎゅ。
腰に手を回されて、そっと抱き寄せられた。
「……今日、ずっと触れたかった」
「こ、こら……外で……!」
「外だからいいんだよ。
雪菜は俺のだって、ちゃんと分かるだろ」
耳元に落ちる声が低くて甘い。
(もう……そんな言葉ずるいよ……)
腕の力は強いのに、抱きしめ方は優しい。
「……時雨くん」
「ん?」
「……帰ろ。二人で」
そう言うと、
時雨くんの手がゆっくり私の指を絡めた。
「言われなくても帰る。
雪菜と一緒に」
夕陽に照らされた恋人の横顔は、
何をどうしても格好よく見えてしまう。
手を繋ぎながら歩く帰り道。
それだけで胸がずっと、
ふわふわしていた。



