夏休みが終わって、学校が再開した。
 でも——私たちの距離は、むしろ夏より近くなっていた。

 授業中。
 私は隣の席でノートを書き込みながら、
 横から視線を感じる。

(……また見てる)

 横を見ると、すぐに目が合った。

 時雨くんは、恋人になってから遠慮がゼロになった。
 “見たいから見る”“触れたいから触れる”
 そのまんまの人になった。

 だから目が合った瞬間——
 口元がゆっくりと上がる。

「……集中して。雪菜」

「集中できないのは時雨くんのせい、でしょ……」

 小声で言うと、
 彼の喉が小さく震えて笑った。

     

 休み時間。

 席を立とうとしたら、
 手首をそっと掴まれた。

「どこ行くの?」

「プリント取りに……」

「一緒に行く」

「恋人だからって、全部ついてこなくても……」

「ついてく。
 ……雪菜から離れんの、無理」

 その声が甘すぎて、
 心臓が一瞬止まったみたいになる。

(……そんな顔、しないでよ)

「……も、もう。行こ?」

 言うと、安心したみたいに手を繋いでくる。
 指を絡める、恋人繋ぎ。

 廊下を歩くたび、周りの視線が追ってくる。
 それに気づいた時雨くんは——

 ぎゅっ。

 手をさらに強く握る。

「……見るなよ」
「雪菜は俺の彼女だ」

 わざと聞こえるくらいの声。
 胸が熱くなって、視線を落とした。

     

 昼休み。

 お弁当の横に、時雨くんが当然のように座る。
 近い。
 机ひとつに、私たち二人だけの空間になってしまう。

「雪菜、その唐揚げちょうだい」

「む……ちゃんと自分のあるでしょ」

「俺は雪菜が作ったやつが食べたい」

 甘い声で言われて、
 手が震えそうになる。

 あーんしようとすると、
 周りがざわざわし始める。

「もう完全に恋人だよねあれ……」
「距離えぐいって……」

 でも時雨くんは全無視。

 むしろ、
 私の耳元に唇を寄せて囁いた。

「……雪菜、顔赤い。可愛い」

「っ……!! き、教室だよ……」

「教室でも雪菜は俺の彼女だろ」

 さらっと言うのがずるい。
 好きって言われたみたいで、胸の奥がじんと熱くなる。

 恋人になって、
 彼は前よりもっと素直で、もっと甘くて——
 独占欲も、前の何倍も強くなっていた。

 教室なのに、
 隣にいるだけで抱きしめられてるみたい。

(……好き。
 こんなふうに私だけを見てくれる時雨くん、好き)

 恋人という名前で、
 私たちは“離れられない”二人になっていた。