翌朝。
カーテン越しに差し込む光で目を覚ますと、
胸が昨日の出来事を思い出してどくっと跳ねた。
(……時雨くん、来るって言ってたけど)
まだ早い時間。
まさか玄関前にいるなんて——
そう思いながら制服に袖を通し、
髪を整えて、そっと玄関の扉を開けた。
その瞬間。
「おはよう、雪菜」
心臓が止まるかと思った。
玄関の門柱にもたれて、片手をポケットに入れたまま、
時雨くんがいた。
朝日の逆光の中で、彼の姿が綺麗に見えて、
夢かと思った。
「と、時雨くん……早くない……?」
「雪菜が出てくるまで待つの普通だろ」
そんなの普通じゃない。
でも、時雨くんの中では本気で“当然”なんだ。
近づいてきた彼は、じっと私の顔を覗き込む。
「寝起きの顔も可愛いな」
「っ、朝からそういうの……やめ……!」
「嫌か?」
そう言って髪を指で梳かれると、
胸の奥がぎゅっとなった。
時雨くんはそんな私の反応に、小さく笑う。
「雪菜の家……伊達家って、やっぱ立派だな」
「……うん。古い家だけど」
その瞬間、時雨くんの目が少し鋭くなった。
「伊達政宗の血、だもんな。雪菜の家ってさ、なんか……守られてるって感じする」
「……どういう意味?」
時雨くんは一秒だけ迷ったような顔をしたあと、
ふっと視線を落として言う。
「伊達家は“雪菜を守る家”なんだろうけど……俺は、雪菜そのものを欲しいだけ」
胸が息苦しくなるほど熱くなる。
時雨くんは歩み寄り、両手で私の頬を包んだ。
朝の冷たい空気の中、彼の手は暖かい。
「雪菜」
名前を呼ばれるだけで涙がにじみそうになるほど優しい声なのに、
その奥底には強い独占の色があった。
「俺さ……お前のことになると、ほんとに自分で自分が止められない」
「……時雨くん」
「歴史がどうとか、家がどうとか関係ねぇよ。伊達の姫だろうが関係ない」
近い。
息が触れる。
「雪菜は——俺の未来だよ」
その言葉を聞いた瞬間、
世界が一瞬で静かになった。
風も、鳥の声も、全部消えたみたいに。
「だから離す気は一生ない。どこに行っても、何をしてても……雪菜は俺の隣だ」
頬を包む手に力がこもる。
でも痛くない。
むしろ安心する。
「……行こう。学校まで送る」
時雨くんは私の手を取り、
指を絡めてきた。
その手の温度が、心の奥まで染み込んでいく。



