教室に入ると、夏休み明けの空気が広がっていた。
 友達同士で盛り上がる声、旅行の土産を配る子、宿題を確認する子。

「雪菜、おはよー!」
「今日からまた学校だね!」

 女子たちが笑顔で話しかけてくれて、私は軽く会釈した。

「うん、おはよう。久しぶりだね」

 すると——

「あ、伊達さん。夏休みどうだった?
 どっか行ったりした?」

 後ろの席の男子が声をかけてきた。
 いつもはそんなに話さないのに、今日は距離が近い。

「あ、えっと……普通に過ごしてたよ」

「そっか。良かったらさ、また——」

 男子の言葉が続く前に、
 “ガタッ”と机の音が鳴った。

 振り返ると、そこに時雨くんが立っていた。

 何も言ってないのに、空気が一瞬で変わる。

「……何話してんの?」

 声は低くて静か。
 怒鳴ってるわけじゃないのに、背中がぞくりとするほどの圧。

「い、いや……別に、ちょっと話しかけただけで……」

「へぇ。
 雪菜に?」

「う……うん」

 男子は小さくなって、席に戻っていった。

「時雨くん……」

「雪菜、気にすんな。
 夏休み明けで浮かれてるだけだろ」

 言いながら、私の席の横に腰掛ける。
 まるで“ここは俺の隣だからな”と主張するみたいに。

 その横顔が少し怖いけど、どこか安心もする。

     *

 始業式が終わって、教室に戻ると——
 時雨くんが当然のように隣の席に座り直した。

「……雪菜」

「なに?」

「夏休みの間さ……」

 彼の指が机の下でそっと触れる。
 誰にも見えない角度で、軽く私の手を握った。

「他のやつに話しかけられたりしてねぇよな?」

「……ううん。してないよ」

「そっか」

 安心したように息をゆっくり吐く。

「じゃあ、よかった」

「あの……心配してるの?」

「当たり前だろ。
 夏休み終わったら、雪菜がまた学校に取られんだよ?」

「そんな……」

「俺はずっと、雪菜といたかった」

 耳元すれすれの距離で言われて、胸が跳ねる。

 黒板の前で先生が話しているのに、
 時雨くんの声だけが頭の中でずっと反響した。

「……でも、雪菜が隣にいるなら、学校でも悪くねぇ」

 手を離さないように、机の下で軽く指を絡めた。

——夏休みが終わっても。
 時雨くんの独占欲は、全然終わってなかった。