夏の夜の空気は暑いのに、どこか少し切なくて。
 神社へ向かう道の先に、色とりどりの提灯と屋台の光が揺れていた。

「雪菜、こっち」

 浴衣姿の時雨くんが、私の手を軽く引く。
 いつもより落ち着いて見えるのに、どこか少し照れてるようにも見えた。

「今日の時雨くん、かっこいい……」

「っ……言うなよ、照れるだろ」

 低い声のくせに耳はほんのり赤い。

 私は水色の浴衣。
 時雨くんは紺地に細い模様の入った落ち着いた浴衣。

(……似合いすぎじゃない?)

「雪菜こそ、反則なぐらい可愛いけどな」

「えっ」

「本気で言ってる。
 今日の雪菜、誰にも見られたくねぇくらい」

 そう言うと、時雨くんは当たり前みたいに手を繋いだ。
 指の絡め方が、いつもよりずっと甘い。

     

 屋台を歩いていると、同じ学校の男子たちとすれ違う。

「あれ? 雪菜ちゃん?
 めっちゃ可愛いじゃん、その浴衣」

「写真撮っても——」

「無理」

 時雨くんの声が、静かで鋭い。

 笑っているのに、目は全然笑ってなかった。

「雪菜は俺と来てるんだよ。
 ……関係ねぇやつが声かけんな」

「えっ、ご、ごめん!」

 男子たちはあっという間に去っていった。

「時雨くん……ちょっと怖かったよ」

「当たり前だろ。
 雪菜がどれだけ可愛いと思ってんだよ。
 ……他のやつに見せたくねぇ」

 そう言って、繋いだ手をぎゅっと強くする。

「でも……嬉しい。ありがとう」

「……ならいい」

     *

 金魚すくい、かき氷、りんご飴。
 浴衣で並んで歩くだけで、全部が特別に感じた。

「なぁ雪菜」

「ん?」

「かき氷、口についてる」

「え?」

 指で取るのかと思った瞬間——

 時雨くんが、少し近づいて。
 唇が触れた、気がした。

「……とれた」

「っ……!! 時雨くん!? ひ、人前……!」

「平気だろ。花火の音で誰も見てねぇよ」

(いや絶対見えてた……!)

 恥ずかしいのに、胸が苦しいほど嬉しい。

     *

 夜空に花火が打ち上がる。
 大きく開いた光が、浴衣の柄を照らす。

「綺麗……」

「……ああ」

 時雨くんは花火ではなく、私だけを見ていた。

「雪菜」

「な、に?」

「好きだよ。
 誰よりも、お前が」

 夜風に紛れた低い声。
 胸が一瞬で熱くなった。

「……私も。
 時雨くんが好きだよ」

 言った瞬間、時雨くんが少し息を呑む。

「っ……そんな顔で言うなって……
 本気で抱きしめたくなる……」

「してもいいよ?」

「……ッ、言ったな?」

 浴衣の袖越しに、強く手を握られる。

 花火の音が響く夜なのに、
 時雨くんの声だけがやけにはっきり聞こえた。

「……雪菜。
 今日のこと、一生忘れねぇから」

 その言葉は、花火よりずっと眩しかった。