夏の夕暮れ。
 オレンジ色の光が伊達家の門を照らしていた。

 時雨くんは横で歩幅を合わせながら、
 いつもより少し静かだった。

「緊張してる?」

「……別に」

 と答えたけど——
 時雨くんの手は、私の手を握ったまま離す気ゼロ。

「……雪菜の彼氏として来んのは、今日が初めてだろ」

「うん。そうだね」

 だからこその沈黙。
 黒焔の総長なのに、
 伊達家の門の前では少しだけ息を吸い直すところが愛しい。

「……行くか」

「うん」

 インターホンを押すと、
 穏やかな母の声が聞こえた。

『あら、雪菜? 時雨くんも? どうぞ入って』

 自動ドアみたいに開く重い門。
 時雨くんは背筋を伸ばし、
 でも手はしっかり握ったまま中へ入った。

     *

 広い玄関で靴を脱ぐと、
 お父さんが居間の方からこちらを見た。

「おかえり、雪菜。……時雨くんも来ていたのか」

「お邪魔します」

 以前にも会っているはずなのに、
 今日のお父さんの視線は少し厳しい。

(……バレてるんだ、たぶん)

 時雨くんは、その視線を真正面から受け止めた。

「俺、雪菜と付き合わせてもらってます」

 はっきりとした声だった。

 お父さんは腕を組んだまま、
 少しだけ目を細める。

「……総長だと聞いたが?」

「はい」

「暴れるのは構わんが、雪菜を巻き込むな」

「巻き込む気はありません。
 雪菜は……俺が守ります」

 その言い方は、
 黒焔で言う“宣戦布告”と同じくらい重くて真っ直ぐだった。

 お父さんはため息をつく……ふりをして、
 ほんの少しだけ笑った。

「……雪菜が泣かなければ、それでいい」

「泣かせません」

 即答。
 父の目を逸らさない時雨くんの姿に、
 胸がじんわり熱くなる。

「お母さんも歓迎よ〜。座って座って!」

 母が明るく声をかけ、
 少し硬かった空気がゆるんだ。

     *

 食卓につき、
 母が用意した冷たい麦茶を飲みながら談笑が続く。

「時雨くん、好きな食べ物は?」

「……雪菜が作ったやつなら全部」

「えっ」

 母が嬉しそうに目を細める。

「素敵ねぇ。雪菜に料理ちゃんと教えなきゃ」

「お母さん……!」

 頬が熱くなる。

 その横で時雨くんは、
 机の下で私の手をそっと握り直してきた。

(もう……こういうところがずるい)

 お父さんに気づかれないように、
 ぎゅっと指を絡めてくる。



「雪菜を大事にするなら、我々に文句はない」

「……必ず、大事にします」

 言葉も、目も、覚悟も全部本気。

 “総長”じゃなくて、
 “彼氏としての織田時雨”がそこにいた。

     *

 帰り際。
 入口まで見送ってくれた両親に頭を下げて外へ出ると——

 門が閉まった瞬間、
 時雨くんはふぅっと息を吐いた。

「……緊張してたんだ?」

「……してねぇって言っただろ」

「えへへ」

「でも……言えてよかった。
 雪菜の彼氏だって、ちゃんと」

 その声は落ち着いていて、
 でも少しだけ誇らしげだった。

「雪菜。……手、離さねぇから」

 つないだ指先に力が込められる。
 時雨くんの横はずっと温かかった。