黒焔のメンバーが解散したあと、
アジトには静けさが戻った。
工具の音も、バイクのエンジンも止まり、
薄暗い蛍光灯の下に残っているのは——
私と時雨くんだけ。
「……帰るかと思った」
時雨くんは壁にもたれたまま、
ポケットに手を突っ込んで私を見ていた。
「帰るよ? そろそろ……って思ったけど」
「……嫌だ」
即答だった。
低くて、素直で、
なんの飾りもない“本音”の声。
「雪菜が帰るの、嫌」
「時雨くん……」
近づくより早く、腕が伸びてきて——
腰をぐっと引き寄せられた。
「今日の……あの告白の続き」
「つ、続き?」
「まだ言ってねぇことある」
時雨くんの指が、
そっと私の頬に触れた。
熱い。
海よりも、夕日よりも、
ここだけ温度が違うみたい。
「俺……ずっと雪菜が欲しかった」
「……っ」
「誰が近づいても、
黒焔の誰が見ても、
伊達家がどうでも……」
腕の力が強くなる。
「雪菜は俺のもんだって、
言いたくて仕方なかった」
胸がどきりと音を立てた。
その声には、
ヤンデレ特有の“狂気ギリギリの独占欲”じゃなくて、
もっと深くて、真剣な感情があった。
「でも……雪菜の気持ちが分かんなかったから、
ずっと我慢してた」
「……好きだよ、時雨くん」
言った瞬間——
時雨くんの息が止まるほどの沈黙。
その数秒後、
私は強く抱きしめられた。
背中にまわされた腕は、
逃がす気ゼロで、
まるで鎖みたいにしっかり巻かれている。
「……雪菜」
耳元で名前を呼ばれるだけで震える。
「俺も……好き。
もうどうしようもねぇくらい」
胸に額を押しつけて、
時雨くんは小さく息を吐いた。
「雪菜が“彼女”になった瞬間から、
ずっと嬉しくておかしくなりそうだった」
「時雨くん……」
「もっと近く来いよ」
ゆっくり顔を上げさせられ、
額が触れるほどに近づけられる。
蛍光灯の薄い光だけのアジトで、
息が混ざる距離。
「もう離れねぇからな」
その目は、
独占欲と恋と幸せで溶けていた。
夜のアジトは静かで、
私たちの心臓の音だけが響いていた。



