黒焔のアジトは、いつもの騒がしさだった。
バイクの音、工具の音、
メンバーの笑い声。
その中へ、私は時雨くんと並んで入っていった。
すると——
「おっ、総長来た……って、雪菜ちゃんも?」
「……あれ? 二人、なんか雰囲気違くね?」
ざわ……っと空気が変わる。
そりゃそうだ。
だって私は、時雨くんと“正式に”付き合い始めたばかり。
手は繋いでない。
でも距離がいつもより近い。
時雨くんの目つきも、いつも以上に柔らかい。
それだけで黒焔は察したらしい。
「……総長、まさか……」
「言っとくけど、そう簡単に総長に女ができるわけねーべ?」
「いや、でもなんか……空気が……」
「うるせぇ」
時雨くんが短く言い放った。
その声だけで、全員の背筋が伸びる。
「大事な話がある」
アジトの中央に出て、
私の手首をそっと引いた。
みんなの視線が一斉に集まる。
「……雪菜」
名前を呼ばれた瞬間、
時雨くんは迷いなく私の方へ腕を回し、
腰を抱き寄せた。
「——今日から俺の彼女だ」
しん……と静まり返った。
「……は?」
「え、マジ?」
「総長……とうとう……!」
「いや、だってあの伊達家の……?」
「雪菜ちゃん可愛いし、そりゃ総長も落ち……」
「おい」
時雨くんが殺気を飛ばす。
言った奴は即座に黙った。
目だけで黙らせる総長……ほんとすごい。
「雪菜に変な目向けたら……全員まとめて潰すから」
さらっと言ったけど、
黒焔全員、本気で震えてた。
「総長……俺ら、誰もしねぇよ! そんな怖い顔すんな!」
「そうだよ!雪菜ちゃん、前から仲間だし!」
「祝うって意味でなんかやるか?」
「いや……浮かれすぎて総長に殴られんのは勘弁……」
わちゃわちゃし始めたメンバーを横目に、
時雨くんは私の頭を撫でた。
「雪菜。こいつらがなんか言っても気にすんな。
……俺が全部守るから」
「そんな、時雨くん……」
「彼女なんだから、当たり前だろ」
その“彼女”という言葉に、胸がじんわり熱くなる。
黒焔の視線が一斉にこっちに向かうけど、
時雨くんは隠す気ゼロで堂々としていた。
「総長……顔がデレてる……」
「黙れ」
「ひえっ……」
怒りながらも、
私の腰だけはしっかり抱いたまま離さない。
黒焔のメンバーはニヤニヤしつつ、
アジトはいつもより少しだけ温かい空気に包まれた。
――私は、この場所でもちゃんと“時雨くんの隣”にいる。
その事実が、心の奥で光っていた。



