夕方になり、海の色がゆっくりとオレンジに染まりはじめた。

 日差しの強さがやわらぎ、
 潮風が少し冷たく感じるころ——

 時雨くんがふいに歩みを止めた。

「雪菜」

「ん?」

 砂浜の真ん中。
 人が少なくなって、波の音が大きく聞こえる。

 時雨くんはまっすぐ私を見つめていた。
 昼間の照れた顔じゃなくて、
 覚悟を決めた本気の表情。

「さっき、お前……俺のこと好きって言ったよな」

「……言ったよ?」

「……嬉しくて、正直、頭まっ白だった」

 少し笑って、でもすぐ真剣な目に戻る。

「雪菜。
 俺と……付き合ってほしい」

 胸が大きく跳ねた。

 昼間の抱きしめ方とは違う。
 ヤキモチでも、独占欲でもない。

 本気で大事にしたい人を前にした声音。

「俺……雪菜の全部を守りたい。
 誰に何言われても、何されたって関係ねぇ。
 雪菜が隣にいてくれれば、それでいい」

 どこまでも真っ直ぐで、
 どこまでも不器用で、
 そんな言葉が胸に沁みる。

「……うん」

「……え?」

「時雨くんと……付き合いたい。
 ずっと隣にいたいよ」

 その瞬間——

 時雨くんが一歩で距離を詰め、
 抱きしめる腕がぐっと強くなった。

「……雪菜。
 幸せにするから。絶対」

 胸の奥まで響くような言葉だった。

     *

 夜になり、空はすっかり群青に染まっていた。

 遠くの浜辺で小さく花火が上がり始める。
 ぱん、と弾ける音。
 色づく空。

 私たちは並んで海を見ていた。

 時雨くんの指がそっと触れ、
 絡むように手を繋がれる。

「……なぁ、雪菜」

「なに?」

「夜の海で隣にいんの、反則すぎる」

「どうして?」

「静かだし……近いし……
 花火の光で雪菜の顔、綺麗すぎるし……
 落ち着けって方がムリ」

「時雨くんが勝手にドキドキしてるだけでしょ?」

「お前が原因だよ」

 頬にかかった髪を、
 そっと指で払われる。

 花火がぱっと大きく光った瞬間——
 時雨くんが私の頬に触れた。

「……雪菜。
 付き合ってくれて、ありがとな」

「こちらこそ」

 また花火。
 波の音。

 そして——

 時雨くんは、手を離さないまま
 小さく笑った。

「これから、もっと好きにさせるから。覚悟しろ」

 夏の夜の風より熱い言葉だった。