「雪菜。
 俺にだけ見せろって言ったの、
 本気だから」

 時雨くんが、まだ腕を離さない。
 水の滴る体温が伝わってきて、
 どくどくと鼓動の音が耳に触れる。

 波の音なんて聞こえないくらい、
 時雨くんの近さがすべてを占めた。

「……怖かった。
 あいつらに触られそうになって」

「時雨くんが来てくれたから、大丈夫だったよ」

「当たり前だろ。
 雪菜が困ってんのに、放っとけるわけねぇ」

 怒ってるのに、優しい声。
 強いのに、私だけには触れ方がそっと。

(……言わなきゃ)

 胸の奥がぎゅっと熱くなる。
 夏のせいなんかじゃなくて、
 時雨くんのせいで。

 だから——勇気を出した。

「……時雨くん」

「ん?」

 顔を上げると、
 すぐ目の前に、真っ直ぐで不器用な瞳。

「ありがと。
 守ってくれて……いつも」

 時雨くんが少しだけ目を見開く。

「……雪菜?」

 その名前を呼ぶ声が優しくて、
 胸がぎゅっと締めつけられた。

 逃げられなくなるほど好きになってる。

だから——

「……好きだよ、時雨くん」

 波が寄せては返す音が、一瞬遠くなる。
 時雨くんの腕が止まり、
 息を飲む気配がした。

「……俺の、聞き間違いじゃねぇよな」

「ううん。何回でも言うよ。
 好き。時雨くんが大好き」

 言った瞬間——

 強く、強く抱きしめられた。

「……っ、雪菜……!」

 耳元で震える声。
 普段あんなに余裕あるのに、
 今は本気で取り乱してる。

「雪菜が……俺のこと……好き……?
 ほんとに……?」

「ほんとに。
 ずっとドキドキしてたのは、
 時雨くんのせいだよ」

 肩に顔を埋めたまま、時雨くんが笑う。

「……やべぇ。無理。
 嬉しすぎて死ぬかも」

「そんな大げさな……」

「雪菜に好きって言われたら、
 誰でも死ぬわ。俺は特に」

 腕の力がゆっくりと緩み、
 再び目が合う。

 さっきまでの怒りはすっかり消え、
 ただ熱くて優しい瞳だけがそこにあった。

「雪菜。
 もう逃がさねぇから」

「逃げないよ」

「……俺も、お前が好きだ」

 海風が吹き、
 波が足元を撫でる。

 夏の午後、
 二人の“好き”が確かに重なった。