「雪菜、ここで待ってろ。
 ドリンク買ってくる。何か飲むか?」

「任せるよ」

「じゃ、すぐ戻る」

 軽く頭を撫でて、
 濡れた手のまま行ってしまう。

(今日は本当に……優しいなぁ)

 そんなふうに思っていた。
 ほんの一瞬までは。



「ねぇ可愛い子ちゃん、ひとり?
 泳ぎ付き合わない?」

「えっ……いえ、友達と来てて……」

「友達? さっきの細いやつか?
 彼氏じゃないんでしょ?」

「そ、それは……」

「なら大丈夫じゃん」

 海水を跳ねさせながら、
 男子三人が私を囲むように近づいてくる。

(いや……近い……!)

 少し後ずさった、その時。



「……ちょっと目を離したらこれかよ」

 背後から、低い声。

「し、時雨くん……!」

「雪菜、来い」

 手首を掴まれ、
 強く、自分の方へ引き寄せられた。

 腕の中にすっぽりと閉じ込められ、
 胸板に押し付けられる。

「ちょ、おま、誰だよ……!」

「雪菜に声かけるな。
 近づくな。
 見るな」

 笑っているのに、声が完全に凍っている。

「つか、雪菜の水着姿に触れようとすんな。
 殺すぞ」

「ひっ……!」

 三人の男子は青ざめて、即座に退散した。



「時雨くん……言いすぎだよ……」

「足りねぇよ」

 ぎゅ、と抱き寄せられる。

 さっきまで機嫌が良かったのに、
 一瞬で独占欲が爆発してる。

「雪菜、なんで“友達”なんて言った?」

「え、あ、だって……まだ、その……」

 言葉が詰まると、
 時雨くんは目を伏せて微かに笑った。

「……じゃあ、俺が言わせるまで離さねぇ」

「えっ……!」

「お前が“彼氏じゃない”って言うなら、
 俺が“そうさせる”」

 湿った海風の中、
 彼の声だけが熱かった。

「雪菜。
 俺にだけ、見せろよ。
 その水着も、笑顔も、全部」

 昼の太陽より熱い、時雨の独占。

 波打ち際ではしゃいでいた“ご機嫌な男の子”は
 もういなかった。