終業式が終わった翌朝。
夏の光が差し込む部屋で目を覚ますと、
胸の奥がふわっと軽くなる。
(今日から……夏休み)
学校もテストも、面倒な行事も全部お休み。
少しだけゆっくりできるはず——
そう思って、
髪を整えて玄関の戸を開けた瞬間。
「……おはよ、雪菜」
「っ……と、時雨くん!? えっ、もういるの!?」
伊達家の門の前に、時雨くんが立っていた。
黒いTシャツに軽いパーカー。
どこかいつもよりラフなのに、
存在感だけはいつも通り“黒焔の総長”そのもの。
早朝の光を浴びて、どこか影が薄く見えるのに、
雪菜を見た瞬間だけ表情が柔らかくなる。
「お前が起きる前から来た」
「は、早すぎない……?」
「雪菜が家から出てくるの、今日に限って遅えから。
……誰かに連れてかれたのかと思った」
「そんなわけ……!」
思わず笑いそうになったけど、
時雨くんの目は笑っていない。
本気で心配していた目。
近づいてきた時雨くんが、
私の手首にそっと触れる。
狼牙につけられた赤い痕は薄くなりかけているのに、
彼の指はその上を確かめるようになぞった。
「……まだ完全に消えてねぇ」
「でも、痛くないよ。大丈夫」
「大丈夫じゃねぇよ。
夏休み入ったからって、気が緩むのは俺だけでいい」
「……え?」
きょとんとしていると、
時雨くんが私の顎を指先で軽く上げた。
目が合うと、
胸がぎゅっと鳴るような近さ。
「雪菜は外歩くとき、ちゃんと気を張っとけ。
俺の前以外で無防備になるな」
相変わらず言い方が強いのに、
声はどこか甘くて優しい。
「だって……今日、夏休み初日だよ?
もう少しリラックスしても——」
「できねぇ。
雪菜が自由になるってことは……
“誰とでも時間を作れる”ってことだから」
近づく。
息が触れるほど近い。
「だから今日くらいは、俺の予定に合わせろ」
「予定……て?」
「夏休み初日——雪菜は俺と過ごす。
それ以外、認めねぇ」
私の手を握る力が強くなった。
「……遊びに行こ。
お前、ずっとテストで頑張ってたし……
夏、始まったんだからよ」
その声は、独占欲だけじゃなくて、
“雪菜に夏をあげたい”みたいな優しさを含んでいて。
胸がくすぐったくなる。
「どこ行くの?」
「海。
お前の好きそうな場所、調べといた」
「えっ……いつの間に……」
「昨日の夜。」
(……もう。ほんとに……)
呆れたはずなのに、
胸がきゅっと鳴る。
だってその視線があまりにも、
“雪菜だけを追っている”から。
「……行くよ。
時雨くんが誘ってくれたんだし」
「……ああ。
今日一日、お前は俺の横にいろ」
指を絡め、
夏の光の中へ歩き出す。
夏休み初日——
時雨くんの独占欲と、私の心の鼓動と一緒に始まった。



