黒焔の仲間たちが狼牙を追い払ってくれたあと、
時雨くんは私を抱きしめたまま、しばらく離れなかった。
私が落ち着いたのを確認すると、
そっと手首を取り、
「……送る。歩けるか」
低い声で問いかけてきた。
頷くと、時雨くんはゆっくり歩き出した。
けれど、握られた手は強く、
引っ張られるようにして彼の隣に並ぶ。
迎えの夜風が、さっきより温かく感じた。
しばらく歩き続け、
伊達家の門が見えてくる。
歴史の重みを感じる大きな門。
普段は見慣れた景色なのに、
今日はまるで別の世界みたいに感じた。
「……雪菜」
名前を呼ばれ、顔を向けると、
時雨くんが立ち止まっていた。
青い街灯の下、
彼の表情は怒りの余韻と、私を失いかけた恐怖で混ざっている。
「さっきの……本当に、危なかった」
「時雨くんが来て……助かったから……」
「助かった、じゃねぇよ」
彼は歩幅を詰め、
私と真正面から向き合う。
「怖かっただろ。
泣きそうな顔……俺、二度と見たくねぇんだよ」
その声に胸がきゅっとなった。
時雨くんが、狙い澄ましたみたいに私の腰へ手を回す。
ぐい、と引き寄せられた。
「雪菜……」
私の額に、自分の額をそっと合わせる。
息が触れるほどの距離。
瞳の奥が揺れていて、今にも壊れそうなほどの独占欲。
「俺から離れるな。
今日みたいなこと、二度と起きさせない」
「……うん……」
「“うん”だけじゃ足りねぇ。
ちゃんと言え」
言葉を詰まらせる私の頬に、彼の指が触れる。
優しいのに、逃がさない力。
「……時雨くんのそばにいるよ」
「あぁ」
満足したように目を細め、
ぎゅっと抱きしめられた。
胸の奥で、彼の鼓動が早い。
「雪菜……怖かった。
……ほんとに、奪われるかと思った」
囁きは震えていて、
それがたまらなく切なかった。
「送ってくれて、ありがとう……」
「当たり前だ。
“雪菜を守るのは俺”だろ」
言いながら、
手を離そうとしない。
家の門は目の前なのに、
時雨くんは一歩も動く気配がなかった。
「……帰したくねぇ」
低く、熱を帯びた声。
胸が跳ねた。
「でも、今日は……」
「分かってるよ。
でも……今だけは、もう少し……」
抱きしめる腕が強くなる。
夜風が二人を包む中、
時雨くんは私を離さず立ち尽くしていた。



