時雨くんが一歩踏み出した瞬間、
 “狼牙”の男たちが一斉に構えを変えた。

「チッ……やる気かよ、総長さんよ」

「数で勝てると思ってんなら、頭悪ぃな」

 時雨くんは笑わない。


「雪菜を傷つけた時点で……
 お前ら全員、生きて帰れると思うな」

 ふっと、その場の空気が沈んだ。

 その一瞬の重さに、狼牙の一人が怯んだ。
 きつく押さえられていた私の腕に力が緩んだ瞬間――

「……雪菜、こっち来い」

 時雨くんの声がした。

 その間を切り裂くように、
 時雨くんの拳が男の脇腹にめり込んだ。

「っぐ……!」

 拘束が外れ、私は思わず身体をよろめかせる。
 次の瞬間。

 時雨くんが私を片腕で抱き寄せていた。
 息が触れそうなほど近い距離。

「……遅くなった」

 囁いた声は低くて、震えていた。
 怒りじゃない。
 焦りと、恐怖と、私を失いかけた男の声音だった。

「時雨、くん……っ」

「怖かっただろ。もう大丈夫だ」

 私の頭を胸に押し当て、守るように覆いかぶさる。
 狼牙の男たちが立ち直り、距離を詰めてくる。

「……調子乗んなよ黒焔!!」

「女ひとり守って総長気取りかよ!」

 雪菜から離れようとしないまま、時雨くんは肩越しに冷たく笑った。

「……悪いが、雪菜の前でお前ら触れさせる気はねぇ」

 次の瞬間――

「黒焔、総長の背中に任せろ!」

 後方から数台のバイク音が響いた。
 明らかに黒焔のメンバーの走りだ。


 続々と仲間が到着し、狼牙を包囲する。

「総長。あいつら……」

「動くな」

 抱いたままの私を放さず、時雨くんは一言、仲間に命じた。

「――壊せ。全員」

 綾斗くんがにやりと笑い、狼牙に向けてバイクを一気に吹かす。

「総長の怒り、買っちまったなァ……覚悟しろよ、クソども」

 狼牙の男たちは形勢の不利を悟ったのか、
 舌打ちしながら後退する。

「退くぞ!!」

 逃げる狼牙を黒焔が追い、夜の路地が騒然となる。

 その中で、時雨くんだけは私を抱きしめたまま動かない。

「……雪菜。無事か?」

 腰に回された手が震えている。
 暴走族の総長なのに、今はただ私を失うのが怖い男みたいだった。

「こわ……っ、かった……」

「……泣くな。俺の前だけで泣けよ」

 胸元に触れた彼の手が、ぎゅっと強くなる。

「雪菜。
 もう二度と離れんな。
 俺のそば以外にいたら、こういう奴らがまた来る」

「でも……!」

「嫌だ。
 お前は俺の――」

 喉で言葉が止まり、彼は苦しそうに私の額に口づける。

「……雪菜は俺のもんだ。
 誰にも触らせねぇ。絶対に」

 月明かりの下、
 時雨くんの独占欲は限界を超えて、静かに燃えていた。