午後の授業が終わって、放課後のチャイムが鳴った。

 「雪菜、帰るぞ」

 すぐに時雨くんが振り返り、当然のように鞄を持ち上げる。
 その“迎えに来た彼氏”感に胸がくすぐったくなるけど、まだ私たちは付き合っているわけじゃない。

 ……たぶん。

 「ちょっと待って、ノートしまうから……」

 私が机の中を整理していると、
 隣の席の男子が声をかけてきた。

 「伊達さん、このプリント間違って渡されててさ、返すよ」

 「あ、ありがとう。助かった」

 にこっと笑って受け取ったその瞬間——

 空気が凍った。

 背後から、静かに、けれど確実に怒っている声が落ちる。

 「……雪菜」

 振り向くと、時雨くんがいた。
 笑っているのに、目だけがまるで別人みたいに冷たい。

 「今の誰?」

 「え、えっと……ただのクラスメイト、だよ?」

 「へぇ」

 その「へぇ」で、背筋がぞわっとする。

 時雨くんはゆっくりと男子に近づく。
 教室のざわめきが止まり、空気が張りつめた。

 「雪菜に用あんの?」

 「え? あ、いや……プリント返しただけで」

 「触ってたよな」

 男子がビクッと肩を震わせた。

 「ゆ、指がちょっとかすっただけで……!」

 時雨くんの喉が小さく鳴る。
 笑ってるのに、声は低くて刃みたいだ。

 「二度と触るなよ。雪菜は、俺の隣にいる」

 「……っ」

 男子は何も言えず、そのまま逃げるように席を離れていった。
 教室の中がざわざわと騒めく。
 時雨くんは気にした様子もなく、私の方へ戻ってきた。

 すると、いきなり私の手首を掴んだ。

 「い、痛っ……?」

 「痛いくらいじゃないと、
  雪菜は他の男に笑うだろ?」

 耳元で囁かれ、息が止まる。

 「……ちが……っ、ただのお礼で……」

 「お礼なら俺に言え」

 逃がさない距離で、時雨くんが私の顎に触れる。
 その動作があまりにも自然で、心臓が跳ねた。

 「雪菜は俺のだろ?」

 「ま、まだそんな……っ」

 否定したいのに、声が震えてしまう。
 すると時雨くんはじっと私を見つめ、ひとつ息をついた。

 「……いいよ。言わせてやる」

 「……え?」

 「ちゃんと、雪菜の口から ‘時雨が好き’ って言わせる。それまで絶対離さねぇ」

 頬が熱くなる。
 手首の痛みより、胸の高鳴りのほうが強かった。

 時雨くんはそのまま、私の手を握り直す。
 今度は優しく、逃げられないように包み込む。

 「帰るぞ、雪菜」

 「……うん」

 繋いだ手から伝わる熱が、ドクドクと響く。

 ——この人、怖い。
 でも、それ以上に……惹かれてしまう。