放課後。
 時雨くんに手を引かれるまま、黒焔のたまり場へ向かった。

 夜の空気が冷たいのに、時雨くんの手は熱い。
 まるで「離すな」とでも言うように指が絡められたままだった。

「雪菜、怖くねぇからな」

「こ、怖くないけど……みんなの前に立つのは緊張するよ」

「大丈夫。俺がいる」

 たったそれだけで足が軽くなるのが悔しいくらい、私は彼に弱い。



 倉庫のような広い場所に入ると、
 十数人の黒焔メンバーがすでに揃っていた。

「総長、来たっす!」

「……あ、雪菜さんも」

 みんなの視線が一気に集まる。
 だけど、どこか優しい。昨日までの怖さはない。

(これ……時雨くんが言ってた“説明”の効果……?)

 副総長の綾斗が気さくに手を振る。

「よう、雪菜ちゃん。今日は総長の隣な?」

「ひ、ひさしぶりです……」

「総長の女扱いだから、遠慮すんなよ」

「ちょ、おい綾斗。勝手に言うな」

 時雨くんが眉をひそめる。

「言ってるのは総長本人だろ。
 昨日の集会、甘々だったぞ?」

「うるせぇ」

 だが照れている時雨くんは珍しく、
 仲間たちが少し笑っている。

 だけど次の瞬間、時雨くんは私の腰をそっと引き寄せた。

「雪菜は――俺の隣以外に立つ必要ねぇよ」

 全員の前で、こうやって言われるなんて。

(……恥ずかしいけど、嬉しい)



 会議用の机に並んで座る時雨くん。
 そして隣の席に、当然のように私を座らせた。

「いいか。雪菜は俺の客だ。
 ……いや、“客”じゃねぇな。特等席の主だ」

「と、特等席って……」

「黙って隣にいろ。落ち着くから」

(落ち着く……? 私が?)

 じわっと胸が温かくなる。

 集会が始まると、時雨くんの表情は総長のものに変わった。

 厳しくて、鋭くて、頼もしい。
 学校で見せる優しさとは別の顔。

「――以上だ。安全確認は続ける。
 雪菜に関わることは、全て俺に報告しろ」

 鋭い声で言い切る。

 仲間たちの返事も、自然と引き締まった。

「了解っす!」

「総長の女は全員で守るもんだろ」

「雪菜さん、安心していいっすよ」

(……なんか、守られすぎてない?)

 心の中で苦笑する。



 仲間たちが散っていき、倉庫には私と時雨くんだけが残った。

「雪菜」

「な、なに?」

 返事をした瞬間、背中を壁に押されるように囲まれる。

「……今日、俺の隣に座っててくれてありがとな」

「え……? そんなの、別に……」

「別にじゃねぇよ」

 目が熱を帯びる。
 総長の鋭さが、甘い独占に変わって私をのみ込む。

「雪菜が隣にいるだけで、集会が楽だった。
 ……視界にお前以外いねぇって思える」

「時雨くん……」

「雪菜。俺から離れる気、ないよな?」

「な、ない……よ。どこにも行かない」

 言った瞬間、彼の目が深く沈む。

「ならよかった」

 次いで、低く囁かれる。

「雪菜。
 お前が俺の“隣”にいてくれれば――
 俺、天下取れる気がすんだよ」

 胸がぎゅっと熱くなる。

 彼の言う“天下”は、暴走族の頂点。
 黒焔を最強にする未来。

「だから……これからも俺の横にいてくれ」

 返事をする前に、時雨くんの指がそっと私の頬に触れた。

 夜の倉庫に響く心臓の音は、
 たぶんどちらのものかわからない。