――翌朝、学校の空気が“変わっていた”
翌朝。
学校の正門に向かう途中で、すぐに異変に気づいた。
(……なんか、静か?)
ざわつき、ひそひそ声。
いつもなら普通に歩いているだけで感じる“視線”が、今日は違う。
怖がっている、というより――
“近づくな”って空気。
(え……なにこれ?)
私が戸惑っていると、後ろからひゅっと腕を掴まれた。
「雪菜」
「わ、時雨くん!」
彼は心底ほっとしたような顔で、私の手を包み込む。
「遅かったな。……迎えに行こうかと思った」
「え、そんなに……?」
「雪菜が一人で歩くの、今はちょっと危ねぇから」
「え……?」
言いかけた瞬間。
数人の女子が、私たちの横を遠巻きに避けて通った。
(昨日まであんなに近く通ってたのに……)
不自然なくらいの距離。
すれ違った瞬間、ひそひそ声が聞こえた。
「やば……黒焔の総長の彼女とか……関わらんほうがよくない?」
「昨日のこと、もう噂回ってるって……」
(昨日?)
私は一瞬止まる。
昨日、何かあった?
いや、あった……けど。
(まさか、嫌がらせのこと……?)
「時雨くん、昨日って……何かしたの?」
「何もしてねぇよ」
答えは即答だった。
でも、彼の目はまったく笑ってない。
「ただ、俺の仲間が“状況説明”しただけだ。
雪菜に手出したらどうなるか、丁寧にな」
「て、丁寧にって……」
「雪菜のこと泣かせたやつが、普通の顔で学校来てんのがムカつくんだよ」
言葉が鋭いのに、
握ってくる手は優しい。
「心配すんな。もう誰も雪菜に触れねぇから」
(触れない、って……)
うれしいけれど、少し怖い。
でも離そうとすれば、彼はすぐに指に力をこめる。
「嫌か?」
低く沈んだ声。
離したら、きっと彼は怒る。
いや、“怒る”じゃなくて――“傷つく”。
「……嫌じゃないよ」
「だろ?」
その瞬間、時雨くんの目がゆっくり熱を帯びる。
「雪菜の顔、昨日より元気そうだな。
……守った価値あった」
「っ……!」
それが本音だとわかるから、胸が熱くなる。
教室に入ると、空気はさらに露骨だった。
「伊達さん、おは――」
話しかけかけた男子が、後方を見て固まる。
振り返ると、
こちらを見ている時雨くんの“無表情”。
「……おはよう。用事ある? 雪菜に」
「い、いや! ないっす!」
男子は一瞬で席に戻った。
「時雨くん、今のちょっと……」
「何が?」
「睨んでたよね……?」
「睨んでねぇよ。見ただけ」
「見ただけであれは……」
「男が雪菜に気安く話しかける必要ねぇだろ」
その声は完全に“総長モード”。
「雪菜は俺が守る。
俺の横にいればいい」
教科書を開きながら、当たり前のように言う。
「……お前の安全確保は黒焔の総意だ。
拒否すんなよ?」
私の返事を待つより早く、
時雨くんは気づいたように、机の下で指を絡めてきた。
「雪菜。……今日の放課後」
「う、うん……?」
「黒焔の集会、連れてく」
「えっ!? 行っていいの!?」
「行くんじゃねぇよ。連れてくんだよ。
総長の“女”として」
耳まで熱くなる単語。
「俺の隣に立ってろ。
全員に知らしめる。雪菜は――」
唇が近づくほど低く、甘く囁く。
「“俺の世界の中心”だって」
胸が跳ねて、呼吸が乱れる。
……彼の独占欲は、もう止まりそうにない。



