昼休み。
お弁当を持ったクラスメイトたちがぞろぞろ教室を出ていく中、私はそっと席を立った。
(……屋上、来いって言ってたけど)
別に悪いことされるわけじゃないのに、胸がどきどきしてしょうがない。
階段を上るたび、足音がやけに大きく響く。
手すりに触れる指先まで落ち着かない。
屋上の扉を開けた瞬間――風といっしょに、彼の声が落ちてきた。
「遅ぇ」
「テスト返ってきてないのに、なんでそんなに余裕なの……」
「雪菜が来るの、わかってたから」
コンクリートの壁にもたれながら、時雨くんは片手で自販機の缶コーヒーを弄んでいた。
日の光に照らされて、黒い髪がわずかに揺れる。
近づいた途端、腕をつかまれて、あっさり腕の中へ引き寄せられた。
「きゃ……!」
「抵抗すんなよ。落とすぞ」
「そんなことしないでしょ……!」
「しねぇよ。雪菜のことは絶対落とさねぇ」
意味、二重じゃない?
顔が熱くなるのを自覚しながら、胸に手を置く。
「……ご褒美、って言ってたけど」
「言ったな」
時雨くんの目が、ふっと細くなる。
「なぁ雪菜。今日のテスト、俺が教えたとこ全部出ただろ?」
「……出た」
「解けたか?」
「……たぶん」
「『たぶん』って言い方が、可愛い」
「も、もう……!」
彼の手が、私の髪を耳の後ろに軽く払う。
ひっくり返りそうなくらい優しい仕草で。
「よく頑張ったな、雪菜」
その声だけで、膝が少し震えた。
「……それが、ご褒美?」
「違う。まだ本番はこっち」
腕の力が強まり、時雨くんの体温がすぐ近くに落ちてくる。
「雪菜。俺の前でだけ、頑張った顔も疲れた顔も見せろよ」
「え……?」
「他のやつの前じゃ、気張ってんのバレる。
でも俺の前じゃ、素でいろ」
目が逃げられない。
風の音すら遠くなる。
「……雪菜の全部、俺のだろ?」
「ち、違……」
「違わねぇよ」
額をこつんと合わせられて、息が止まった。
「緊張してる顔も、泣きそうな顔も、嬉しそうな顔も――ぜんぶ、俺だけに見せてりゃいい」
「な、なんでそんな……」
「好きだからだよ」
目元も声も、真剣すぎるくらい真剣で。
ふぁっと胸がつまって、言葉が出なくなる。
「……雪菜」
「う、うん……?」
「もっと寄れよ。離れる気か?」
「ち、違う……」
「じゃあ来い。今日のご褒美は――」
彼の指が私の頬に触れた瞬間、
屋上の風より熱い何かが、胸の奥に落ちてきた。
「“俺に甘える権利”だ」
「……あま……?」
「俺が雪菜の全部、受け止める。
今も、これからも。逃げんな」
心臓が壊れそうに跳ね続ける。
――テストより、何倍も難しいよ。
こんなの。



