海沿いの遊歩道を歩いていると、
 太陽がゆっくりと沈みはじめて、
 空の色がオレンジから藍色へ変わっていく。

 夕暮れの海は静かで、街の喧騒も遠くて。
 まるで、二人だけ取り残されたみたいだった。

 時雨くんは、黙ったまま。
 でもその沈黙は、怖いものじゃなくて――
 胸の奥がくすぐったくなるほど温かい。

「雪菜」

 ゆっくりと名前を呼ばれた。

 その声は、風より静かで、
 海より深かった。

「……ん?」

「今日、楽しかったか?」

「うん。すごく」

「そっか……」

 その瞬間、
 時雨くんの指が私の指をきゅっと締めた。

 さっきよりも強く、
 離されるのを嫌がるみたいに。

「雪菜が楽しそうだと……俺、変になる」

「変って?」

「もっと見たくなる。
 もっと隣に立ちたくなる。
 もっと……俺だけ見ててほしくなる」

 夕暮れの光が、時雨くんの横顔を照らす。
 まっすぐで、嘘が一つもない目。

「俺さ、分かったんだよ」

「何が?」

「雪菜は……俺の未来だって」

「っ……」

「だから、一秒でも離したくねぇ。
 デート終わるの、マジで嫌だ」

 胸がぎゅっと掴まれたみたいに熱くなる。

 時雨くんは、私の頬にかかった髪を
 そっと指で払ってくれた。

「……雪菜。夕暮れ、似合うな」

「そ、そんなこと……」

「ある。
 誰にも見せたくねぇくらいに、綺麗」

 言葉が海の波音と混ざって、
 胸に深く沈んでいく。

 そして。

「……もうちょい歩こうぜ。
 まだ終わりにしたくねぇ」

 そう言って、彼は私の手を握り直した。
 まるで、心まで繋ぎ止めるみたいに。