桜の下での“告白”から、まだ一時間も経っていない。

 でも私の胸は、ずっと落ち着かなかった。

 ——なんで、時雨くんは私の名前を知ってたんだろう。

 ——なんで、初対面なのにあんなことを言うんだろう。

 考えるほど、頬が熱くなる。
 落ち着きたくて深呼吸をしながら、指定された一年A組の教室に入った。

 「……よし、席は……」

 前の黒板に貼られた座席表を見た瞬間、心臓が跳ねた。

 伊達雪菜 / 織田時雨

 ……隣。

 うそ、まさかの隣……?

 現実を受け止められずに固まる私の横で、
 教室の後方から気配を感じた。

 振り向くまでもなく、誰かわかる。

 低い声が、背中越しに触れた。

 「雪菜」

 名前を呼ばれただけで、足がすくむ。

 ゆっくり振り向くと、時雨くんが立っていた。
 入学式の時とは違い、今はきちんと制服を着ている。
 それなのに、隠しきれない危険な雰囲気がある。

 彼は周囲の視線なんて一切気にせず、まっすぐ私のところまで来た。

 そして、私の右隣の席を指で軽く叩く。

 「ここ。……俺の場所」

 少しだけ笑っている。
 でも目は笑っていない。
 あの桜の下と同じ、まっすぐで逃がさない瞳。

 「……あ、あの。席、隣なんだね」

 私が精一杯声を絞り出すと、
 時雨くんは椅子を引いて座りながら、ぽつりと言った。

 「俺が頼んだ」

 「え?」

 「先生に。『雪菜の隣じゃないと無理』って」

 ……えっ、そんなこと、普通に通るの?

 驚いている私の手に、時雨くんの指がそっと触れた。
 教室なのに、隠そうともしない。
 指先から全身にかけて、熱が広がる。

 「雪菜、さっきの続き」

 「さ、さっき……?」

 「言ったよな。俺は、お前を離す気ないって」

 耳元に落ちてきた声は、低くて甘くて、少しだけ危険だった。

 「俺の隣にいればいい。 授業も、休み時間も、帰り道も。 全部、俺と一緒でいい」

 心臓が痛いほど跳ね上がる。

 「どこにも行くなよ、雪菜。 伊達の姫は……俺だけのものだろ?」

 そう言って、彼の指は私の手をゆっくりと絡め取った。

 ——逃げられない。

 でも、不思議と嫌じゃない。
 むしろ胸の奥がじんわり熱くなる。

 その瞬間、担任が教室に入ってきた。

 「はーい、席つけー!」

 慌てて手を離そうとした時。

 時雨くんは、指をほどく前に囁いた。

 「放してやるけど…… 帰りは俺が迎えに行くから」

 その声音には、
 “断ることを許さない”甘い支配があった。

 ——この恋、もう後戻りできない。