休日の朝、窓を叩く風より先に、スマホが震えた。
『外 着いた』――短いメッセージ。

「え、もう……?」

 慌てて支度をして玄関を開けると、
 門の前に黒いパーカー姿の時雨くんが寄りかかっていた。

 視線が、ゆっくり私を舐めるみたいに降りてくる。

「……雪菜」

「な、なに?」

「似合いすぎ。――やばい」

 低い声で一言。
 ほんの一瞬、彼の喉が上下に動いたのがわかった。

「そんな格好で俺以外の視界に入るなよ」

「私服、変だった……?」

「逆。可愛すぎて無理」

 無理って何……と思う間もなく、
 手首を掴まれて胸元に引き寄せられる。

「行くぞ。早くしねぇと……俺、抑えらんねぇ」




 駅前につくと、人が多くて驚いた。
 その瞬間、私の腰に時雨くんの手が回る。

「……人、多いな。雪菜にぶつかったら殺す」

「時雨くん、物騒だよ……」

「事実だし」

 当たり前みたいに私をガードして歩く彼。
 歩道の端に寄せてくれたり、目が合った男子を牽制するように睨んだり、
 守られてるっていうより――囲われてる、みたい。

「雪菜、こっち寄れ」

 背中に回された腕が、だんだん強く締まってくる。

「そんな近く……歩けないよ?」

「歩け。俺の隣で」



「今日はね、俺が全部決める日」

「全部って……?」

「昼飯も、行く場所も、休憩も」

 休憩……の言い方が少し危ない。

「雪菜は隣にいるだけでいい。俺が全部連れてく」

 彼の声が妙に自信に満ちていて、
 気づけば私は手をしっかり握られていた。



 歩いていると、すれ違う男子の視線が明らかにこちらへ向いた。
 私服のせいかな、と思ったけれど――

「……見んなよ」

 時雨くんが小さく毒を吐いた。

「雪菜、俺の隣にいるのに……他の奴の視線が来んのムカつく」

「私なんて、そんな……」

「“そんな”とか言うな。雪菜は可愛いんだよ」

 目を合わせると、
 時雨くんのまなざしがいつもより赤みを帯びて見える。

「俺が欲しくなるくらいには、可愛いんだよ」

「……っ」

「隣、離れんなよ?」

 そう言いながら指を絡め直してくる。