時雨くんの家を出た瞬間、夜風がひんやりと頬をなでた。
 それでも私の右手はずっと温かい。……時雨くんが、離さないから。

「……寒くねぇ? ほら」

 言うが早いか、彼は当然みたいに指を絡めてきた。
 歩幅も合わせてくれてるのに、なんだろう。
 いつもより歩くスピードが、やけに遅い。

「時雨くん、ゆっくりだね?」

「……急ぐ理由ねぇだろ。雪菜、すぐ帰っちまうし」

 その声音が、ほんの少し拗ねてる。
 胸の奥がきゅっとなる。

「また明日も会えるよ?」

「足りねぇよ。それじゃ」

 ぽつりと落とされた声が甘くて、危なくて、嬉しくて、
 私は返事ができなくなった。

 夜道の街灯が二人の影を寄り添わせていく。
 時雨くんの指の力は少しずつ強くなって、
 まるで――手を離したら、私が消えてしまうと言わんばかりだった。

「雪菜ってさ……俺のこと、ちゃんと見てる?」

「え? 見てるよ。毎日」

「……他の奴に気ぃ取られんなよ」

 歩きながら、耳元で囁かれた声が低くて、ひどく甘い。

「雪菜は……俺が守る。俺だけが」



 家の角を曲がった時、見慣れた門が見えた。
 伊達家の明かりはついていて、両親はまだ起きている。

「……着いちゃったね」

 そう言っても、時雨くんは手を離さない。
 むしろ腕がずるずる引き寄せられて、胸元に押し当てられる。

「……帰れねぇ」

 小さく、低く、絞り出すように。

「そんな顔すんなよ。雪菜が帰りたくねぇみたいに見えるだろ」

「……時雨くんが離さないんだよ?」

「離したくねぇからだよ」

 夜気の中で見つめ合うと、
 彼の目がとんでもなく近くて、熱くて、真剣で――

「雪菜」

「……なに?」

「次の休み、デートな」

 問答無用。決定事項みたいに言われて、胸が跳ねる。

「……デート?」

「ああ。ちゃんとしたやつ。
 行き先は俺が決める。
 雪菜は、俺に付き合うだけでいい」

 そう言いながら、腕の力がさらに強くなる。

 そして。

「それか――黒焔の連中にもちゃんと紹介し直す。
 “伊達家の雪菜”じゃなくて、
 “俺の、大事な人”として」

 耳の奥がじんと熱くなるような台詞だった。



「雪菜、どっちがいい?」

 囁く声が、喉の奥で転がるみたいに甘い。

「デートか。
 黒焔の奴らの前でもっとお前を独占するか。
 ……どっちにされたい?」

 両方とんでもなく恥ずかしくて、
 でも、どっちも嬉しくて。

 返事を迷っていると、時雨くんの親指が頬を撫でてきた。

「言えよ。
 雪菜の望みなら、どっちでも叶えてやるから」

 この声を聞いていると、
 本当に、逆らえなくなる。