数学の問題を一緒に解いていると、時雨くんがまたじっと私を見る。

「……雪菜。そこ間違ってる」

「え?どこ?」

「ここ」

 彼の指が私の手の上に重なった。

 触れた瞬間、息が止まる。

「ここの計算……俺が教えてやる」

 低い声が近い。
 私の名前を呼ぶ前のあの声だ。

「時雨くん。近――」

「気にすんな。
 俺は雪菜の全部、見てたいだけ」

「……“勉強”は?」

「してんだろ。雪菜のこと、な」

 もう数学どころじゃなかった。



 ワークを閉じた時、
 時雨くんが突然、横から抱き寄せた。

「雪菜」

「な、なに?」

「テスト勉強であろうがなんだろうが……
 雪菜は俺の隣が定位置だろ?」

「……うん」

 素直に答えると、彼の腕の力が、ほんの少し強くなる。

「今日、帰したくねぇ」

 耳元で落ちた声は、昨日の海より甘く危険だった。