翌朝の教室。
昨日の夜のことを思い出すだけで胸が熱くなるのに、時雨くんは当然のように隣の席に座り、当然のように手首を掴んだ。

「……雪菜、顔赤い。熱あんの?」

「な、ないよ……!」

「じゃあ……昨日のこと、思い出してんだろ」

「っ……!」

 言い返せず俯いた私の頭を、時雨くんは当たり前みたいに撫でた。
 
その瞬間、教室がざわついたけれど、時雨くんは全く気にしてない。

 むしろ。

「見んなよ。他のやつ」

 ガン飛ばしが飛んでいた。

◆ テスト発表

「えー、みなさん。 一週間後に中間テストがあります」

 先生の言葉に教室がざわめく。

「マジかよ……」

「最悪……」

 みんなが文句を言う中、私の腕が急に引かれた。

「雪菜。今日、俺ん家来い」

「え? なんで?」

「テスト勉強」

「……え? 時雨くんが、勉強?」

「うるせぇ。やる時はやる」

 時雨くんが勉強……。全然想像できないけど、断れる空気じゃない。

「あの、じゃあ……少しだけ——」

「少しじゃねぇ。一日、俺ん家にいろ」

 独占する気、満々だった。



放課後、時雨くんの家へ連れて行かれた。

玄関を開けると、想像以上に綺麗で静か。
黒を基調とした部屋は大きくて……落ち着く香りがする。

「雪菜、ここ座れ」

 教科書を置く間もなく、隣に座ってくる。

「えっと……ちょっと近くない?」

「近い方が覚えられるだろ」

「ど、どういう理屈……?」

「俺の集中力は雪菜依存だから」

 やばい。開始数分で赤面が止まらない。

「まずは数学やんだろ?」

 ワークを開いた時雨くんは、眉を寄せながら真剣にページを見る。

 ……けど。

「……雪菜」

「ん?」

「問題より……雪菜の横顔のほうが気になる」

「勉強して!!!」 

 ツッコむと、時雨くんは肩を揺らして笑った。

「だって無理だろ。こんな近くで……可愛い顔してんのに」

「ち、近づいたのは時雨くんでしょ……!」

「じゃあ離れればいい?」

 そう言いながら。

 わざと、さらに距離を詰めてくる。

「ち、違うよ! なんで近づくの!?」

「離れねぇって言ったろ」

 そう言って、彼は私の頭を軽く肩に寄せた。

「雪菜……今日ずっと一緒って、やべぇくらい嬉しい」

「……もう。甘えすぎ」

「雪菜限定だし」

 そんな顔で言われたら、怒れなくなる。

結局、集中するまでに30分以上かかった。