放課後。
時雨くんは何も言わず、私の手を掴んで校門の外へ歩き出した。
「え……どこ行くの?」
聞くと、彼は短く答えた。
「——仲間に会わせる」
(……え? 仲間?)
その“仲間”が誰かなんて、
時雨くんの雰囲気からすぐに察した。
——暴走族。
町外れの倉庫街に近づくと、
空気がピリッと変わる。
遠くからエンジン音。
低く唸る排気音が、胸の底まで響いてくる。
バイクの列が見えた。
十数台の改造車が並び、その前で黒い特攻服を着た人たちが談笑している。
「し、時雨くん……ここって……」
「俺のチーム《黒焔》の溜まり場」
さらっと言うけど、雰囲気が完全に“近づいちゃダメな場所”だ。
私は慌てた。
「え、ちょっと待って……!私は帰ったほうが——」
「帰らせねぇ」
きっぱり遮られた。
「今日紹介すんのは決めてた」
(け……決めてたって……)
私より前に、彼の方が緊張しているようにも見える。
ぎゅっと手を握ったまま、
時雨くんはバイクの列へ向かって歩いていく。
その瞬間——
「総長ァーー! 今日も来たぜ!」
「おい、なんか女連れてんぞ!!」
「マジ!? 時雨が!? 嘘だろ!?」
……騒ぎ方が、完全に予想以上。
私は思わず時雨くんの腕にしがみついた。
けれど、彼は仲間のざわめきを無視して、私をぐっと近くに引き寄せた。
「全員、静かにしろ」
低い声に、暴走族たちが一瞬で黙る。
時雨くんは私の肩に腕を回し、
全員を睨むように見渡した。
「紹介する。——伊達雪菜」
全員の視線が突き刺さる。
心臓が破裂しそう。
「お、お、おう……!」
「ま、マジで連れてきた……」
「こんな可愛い子、今まで見たことねぇ……!」
ザワザワと騒ぎが広がる。
その中に、一人背の高い男が前に出てきた。
綾斗(あやと)という、時雨くんの副総長らしい。
怖い顔だけど、どこか兄貴っぽい雰囲気。
「おい時雨。……お前、本気で紹介すんのか?」
「当たり前だろ」
「今まで誰にも興味なかったくせに……いきなり“総長の女”扱いで連れてくんなよ」
その言葉に、私は全身が固まった。
(そ、総長の……女……!?)
綾斗の視線が私に向く。
「怖くねぇのか?時雨は総長だ。敵も多いし、危ねぇぞ」
たしかに、言葉は正しい。
でも返事に困っていると——
時雨くんが、私の腰を強く引き寄せた。
「雪菜は関係ねぇ。守るのは“俺の仕事”だ」
その声は静かで、
でも仲間たちの誰よりも強かった。
綾斗が笑う。
「はっ、馬鹿みてぇに真面目だな。……まぁいい。紹介しといて正解だ」
すると、仲間がわっと集まってくる。
「雪菜ちゃん、時雨の彼女なんすか?」
「どこで知り合ったん? え、学校?」
「総長が手ぇ繋いでるとこ初めて見たわ!」
とんでもない質問の嵐で、
私は真っ赤になって縮こまった。
そんな私を見て、時雨くんは眉をひそめ——
「近ぇよ、お前ら」
仲間全員がビクッとして後退した。
「雪菜は俺のだって言ってんだろ。あんまり見るな」
「は、はい!!」
みんな一斉に姿勢を正す。
(も、もう……本当に恥ずかしい……)
でも、時雨くんは私の横顔を見ながら
小さく呟いた。
「……雪菜を仲間に見せるの、夢だった」
「え……?」
「俺の大事なもんを、ちゃんと示すって決めてた。
誰にも手出しさせねぇようにな」
その一言で、胸がじんと熱くなる。
時雨くんは続けて言う。
「雪菜。今日から、お前は《黒焔》の“総長の女”だ」
その宣言は——
もう逃げられないほど強くて、でも不思議なほど甘かった。



