婚約破棄された私、紳士な指揮官に溺愛される〜前世で戦争で生き別れた二人、今度こそ幸せになります〜

 異世界に転移して、二週間。

朝、目を覚ますと、身体が重い。
「……風邪、引いちゃったかな……」

ぼんやりとした意識の中、扉をノックする音が響く。
「春香さん、大丈夫ですか?」
(あ……起きなきゃ……)

「だ……大丈夫です……」
ふらふらと扉の前まで歩き、そっと開ける。

「春香さん!? 顔色が……」
「ちょっと熱があるみたいで……ごめんなさい、片付けできなくて……」
「そんなこと気にしないでください。今は、あなたの体が一番大事です」

ふらついた春香の身体を、ヤコブがそっと支える。
「無理しすぎましたね……だめですよ、そんなに頑張っては……」

彼は迷いなく、春香を抱き上げた。
「……しっかり休んでください」


 部屋に一歩踏み入れたところで、ヤコブが立ち止まる。

「ヤコブさん……?」
「春香さん……部屋に入ってもいいですか? なるべく見ないようにしますから」
「え……」
「女性の部屋に入るのは、失礼かなと思って……」

春香は思わず小さく笑った。
「ふふ……ヤコブさんなら、いいですよ。ここはヤコブさんの屋敷ですし……それに、私……安心できますから」

 
 ヤコブは視線をそらし、頬を赤らめながら小さくうなずいた。
「……失礼します」
 
春香を抱き上げ、寝室まで運んだ。
そっとベッドに横たえる。

その瞬間、春香はふとヤコブの顔を見た。
「……」

視線がかち合う。
ヤコブは慌てたように目をそらし、頬を赤く染める。
「す、すみません……」
小さく咳払いして、掛け布団を整える手つきもどこかぎこちない。 

「今日は、何もしちゃだめです。心配なので、何度か様子を見に来ますね」
「……ありがとうございます」
 
「今、水を取ってきます。置いておくだけなので、もう目を閉じてください」

扉が静かに閉まる音を聞きながら、春香は微かに微笑んだ。

(……優しいな、ヤコブさん)

胸の奥が、ほんの少し温かくなる。

──

 夢の中。
 
野営の給水所。肩に不死鳥を乗せた青年が、笑顔で水を渡す。
 
「はいどうぞ!」
「いつもありがとう」
 
「もうずっと野営だねぇ……」
「早く戦争が終わるといいね」
 
「そうだな! この戦争が終わったらいろんな所行こうな……」 
「ミルカ!」
 
ふっと笑う青年。

 
───
 
──はっと目が覚める。
頭に冷たいタオルが置いてあった。
「また同じ夢……彼は誰?……戦争?」
(ミルカ……? はるかじゃなくて……?)

ノックの音。
「春香さん、入りますよ」

「──!」
 
春香はつい横を向いてしまう。
(恥ずかしくて……寝たふりしちゃった……)

「……寝てるか」
ヤコブがそっと顔をのぞき、冷たいタオルを絞り直して春香の額へ。
 
そして、優しく髪を撫でる。
「早く良くなってくださいね」

扉が静かに閉まった。

春香は顔を手で隠す。
(ヤコブさん……優しすぎるでしょ。好きになっちゃうよ……)


 
 扉の前で、ヤコブは口元を覆い、顔を赤らめていた。
「……やはり女性の部屋に入るのは……危険だな」

 
──

 翌朝。
「熱、下がったかも……」
  
トントン、とノック。
「春香さん、入りますよ」
 
ぱっと目が合う。優しい瞳。
「元気そうで安心しました。……パン粥を作りました」

椅子に腰かけたヤコブが、柔らかく問いかける。
「食べられそうですか?」
「はい……なんとか」

一瞬、ヤコブの眉がぴくりと動く。
「顔赤いですよ……まだ熱、あるんじゃ……?」

そっと、彼の大きな手がおでこに触れる。
「だ、大丈夫です!! 元気ですから!」

「……そうですか。春香さん、すみません。今日は仕事があります。食事は置いていきますから、必ず食べてください」

「すみません……お仕事なのに……」
「あなたの身体の方が、大切ですから」

そして立ち上がり、
ふと、彼の頬が近づいて──頬と頬がかすかに触れた。

「──っ!」
「……行ってきます」

扉が静かに閉じる。
(い、異世界の挨拶……やっぱり慣れないっ!!)

 
───
 
 春香は少し寝てから、ゆっくり起き上がった。
 階段を降りていくと、伝書バトがじっと彼女を見つめていた。
小さなくちばしで差し出されたのは、封をされた手紙。

「……ヤコブさんから?」
こくん、と頷く仕草に、春香は思わず笑みをこぼした。

便箋をそっと開く。
(わぁ……綺麗な字……)

――春香さん
体調は大丈夫ですか?
今日は夕飯を買って帰りますので、どうか休んでいてください。
万が一、具合が悪くなったら、そばにいるナナに手紙を託してください。すぐに戻ります。
ヤコブ

 
「……あなた、ナナっていうの? よろしくね」
「ポッ……」

鳩は頬を赤らめたように小さく鳴き、春香の肩にぴょんと乗る。
(可愛い……女の子かな?)
春香は目を細め、つい頬ずりしてしまう。
 
  
──
 
 街の巡廻をするヤコブ、そして隣には肩にフクロウを乗せた後輩のマタイ。
「ヤコブさん……いつもより落ち着きがないように見えますが……」

「……なんでもない」
 
「いや……マタイなら話してもいいか」
「今、一緒に住んでいる女性が体調が悪くて気がかりで……」

「では……あなたの能力で伝書バトの視界を借りて、その女性の様子を覗けばいいではありませんか?」

ヤコブは少し顔を曇らせた。
「……そう簡単にはいかない」

「任務では平気で使うのに?」


「過去……容疑者の自宅を捜査する為に、ハトの視界で追っていた事がある」
ヤコブの声がわずかに震える。

「……容疑者が寝室で女性と抱擁しているところを見た……」
 
唇を噛みしめる。
「……当時、私が付き合っていた女性だった」
「………!」
マタイはその場で固まり、息を呑む。

「それ以来、女性が信じられなくなってしまった」
 
ヤコブは顔を覆い、苦笑に近い歪みを浮かべる。
「だからもし……はるかさんが男性を引き込んでいたら……私は立ち直れない……」

マタイは拳を握りしめながら、心の中で呟いた。
(……それは……女性不信にもなるな……)

 
ヤコブは苦笑を浮かべ、低く続けた。
「……でも、もし倒れていたら困りますね……一度だけ、確認しますか……」

 左目に触れ、ゆっくりと開くと──
目の前に映ったのは、ナナを抱きしめて「ナナ〜可愛い〜もふもふ最高〜!」とはしゃぐ春香の姿だった。

 
「……っ!」
「どうかしましたヤコブさん!」
 
「……なんでもない」
キリッと表情を戻したが、耳まで真っ赤に染まっていた。
(……こんな動揺してるヤコブさん、初めて見たな)
 
「……他の者には言わなくでくれ」
「わかりました」

  
マタイはふっと口元を緩め、歩きはじめる。
(浮気現場ではなさそうで良かった……)

   
───
  
 ヤコブは帰宅後、真っ先に春香のもとへ
「今帰りました」 
「おかえりなさいヤコブさん」
 
「体調は良さそうですね……良かった」 
「あの……春香さん……私の能力の話をしていいですか?」
「私は契約している霊獣の伝書バトと意思疎通と……」
 
ヤコブが急に視線をそらす。
「彼らの視界を共有できるんです……」
「ん?」

「なので、伝書バトが見ている光景を……私も見る事ができます。基本能力は切っていますが……」 

 春香はナナのほうをじっと見る。
 
春香は日中、ナナにずっとほぼずりをして
「ナナ可愛い!」と話しかけていた事を思い出す。
 
顔が一気に真っ赤に染まる。
「……っ、わ、私……めっちゃ恥ずかしいです……!」

「すみません……最初に伝えとくべきでした。一応音声は聞こえません」

「ただ……あなたの体調が心配で一度見ました。すみません……もうそんな事はしませんから」
 
「心配してくれたんですか?」
「当たり前です。倒れていたら困りますから」

春香は少し顔を押さえながら、
「心配してくれてありがとうございます。でもヤコブさんが話さなければ、私ずっと気づきませんでしたよ」
 
「いえ……あなたに隠し事はしたくないと思いました。嫌でしたら、鳩達も屋敷には入れませんので……」
「別に大丈夫ですよ……私鳥好きですし、正直に話してくれて嬉しいです」
 
春香はナナをそっと持ち上げる。
「ポッ……」とナナが鳴く。
 
「ありがとうございます」
つい視線をそらすヤコブ。 
(あんなあどけない笑顔をナナにはするのか……)

春香の笑顔を思い出し、少し顔が紅くなるヤコブ。
  
──それ以降、春香はナナに頬ずりを控えた。

 
 
続く