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 夜も更け、酒で温まった体で旅館に戻ると、すずがフロントの奥から出てきた。

「お帰りなさいませ、若旦那」
「ああ、ただいま。まだ上がっていなかったのか?」

 確かに、皆に甘酒を出してほしいとはいったが、まさか、こんな遅くまで残っているとは思わなかった。

「紀美子さんの娘さんが熱を出したと連絡があったので、私が代役を引き受けたんです」
「ああ、そういうことか。あれ、幹本は?」

 フロントの奥、事務室に顔を出すも番頭の姿はなかった。いつもなら、この時間は収支計算をしている筈なんだが。

「さきほど、女将が話があるからって呼びにきましたよ」

 すずは急須にお湯を注ぎながら答え、俺の湯呑みに熱い茶を注ぐと、応接テーブルに置いた。

「だいぶ飲まれたんですか?」
「ははっ、そうでもない」
「でも、いつもよりお顔が赤いですよ」

 ソファーに腰を下ろしながら、ありがたく湯呑みに手を伸ばした。